学とみ子というわけのわからない意見をブログで表明しているのは医者らしいのだが、まだ他にもいる。勿論、内海なんかが超有名だけど、また別口を知った。黒部信一という慶應義塾大学医学部卒の小児科医だ。
黒部信一のブログの日本脳炎ワクチンを廃止しようという記事によると;
その(獲得免疫の)仕組みは、利根川博士によって解明されました。一つの遺伝子が断片となって存在し、それらを合成して抗体を作ります。そして胎児発生の過程で胎児の細胞からリンパ球ができる際に遺伝子の配列に再構成が起こり、抗体遺伝子の構造が変化するというのです。一度獲得された免疫の記憶は、遺伝子によって一生残ります。これが次の世代に受け継がれると、私は推論します。それ故、世代を経るごとに感染しても発病率や後遺症率、致命率が低くなり、軽症化します。これが私のとる病原環境説または適応説です。
だそうな。
あのさ、T細胞の遺伝子再構成が子供に伝わるわけがないでしょ。生殖細胞は発生の初期から体細胞とは独立するので、獲得形質は遺伝しないというのは医学・生物学の常識だろうが。もし、T細胞の再構成された遺伝子が子供に伝わったら、その子供は1種類の抗体しか作れない・免疫不全になるだろうが。あんた、本当に医学部出たの?
すべてのワクチン接種を否定しているわけではないようだけれど;
最近登場したヒブワクチン、肺炎球菌ワクチンは前に述べたように、常在菌ですから、叱らずのびのびと子どもを育てると、かかりません。
はないでしょ。内海の「自閉症など障害児は親の不摂生が原因だ」とどっこいどっこいの考えですな。
乳幼児のビフ感染症とか肺炎の責任は親の育て方かよ。「私は子供をのびのびそだてているからビフワクチン接種をしません」なんて親がいて子供が髄膜炎になったら、あんたのせいだよ。困るよね、医師のくせに独りよがりの考えをおしつけちゃ。
天然痘は地球上から絶滅したからワクチンを打つ必要がないことになった。しかし日本脳炎は絶滅したわけではない。東南アジアから持ち込まれるから、接種したほうがいい。麻疹だってワクチン打っていない人がかなりいるからパンデミックにはなってないけど結構拡散しているだろうが。40代以上はほとんどが麻疹に感染したけ経験があり(昔はすごかった。麻疹の子供がいると敢てその子供に自分の子供を接触させに行かせたのね、接触でほぼ完璧に感染するからね。)、抗体を持っているけど、麻疹の抗体産生が遺伝するのなら、その子供である若者は麻疹に感染しないだろ?上記のようなでたらめな考えの医者の言うことは聞きたくない。
同窓会は当然ながら同じ年齢の者が集まる。もはや管理人は自他とも認めるジジイだから、同窓会に行くと話題になるのは….
「俺はステントまだ1本だけど、お前は3本?!! 負けた。」
「膝が痛いから同窓会は椅子の会場にしてくれ」
「お前、何回、ぎっくり腰やった?」
「なんだ、お前も高血圧の薬のんでいるんか、なに?俺はまだ5 mgだぜ。お前よりまだ少ないな。」
「へ?そんなに眼圧が高いのかよ、やばいじゃん。」
「予想より髪の毛多いじゃん。なにやってる?教えろよ。」
このブログも管理人が腰が痛いといったらコメントが増えた。皆さん、そこそこに年功を重ねたことがわかりますな。
で、本日は、片足で立ってパンツ履けるし、トイレの便座に座る・立つが不自由なくできるようになりましたし、床に落ちているものも拾えるようになりました。皆様の激励のおかげです。ありがとうございます。今晩も、風呂・酒・飯・寝る [ という筆頭著者日記状態 ] ですから明日はもう普通だと、確信しております。
デスクトップのMac とWinを3台のディスプレイで使っている。中央のディスプレイはHDMI接続で切り替えスイッチを介して両方のパソコンを、左はWinのみ、右はMacのみというわけで、どちらかのパソコンを使うときには2台のディスプレイを使うということになる。
土日休日や研究日という実質的な休日に自宅から、他の職場からリモートでTeamViewerで操作するのが日常的なのだ。
いつからか、何故かMac にアクセスすると非常に遅くて仕事にならないことになった。同じネット環境にあるWinの方は問題ない。Macが仕事のメインマシンなので困っていた。原因がわからないのだ。少なくともネット環境のせいではなくMac特有なのだ。
昨日、気がついたのだ。上述のようにディスプレイを3台使っているわけで、帰宅するときパソコン本体の電源は落とさず(リモートで入るからね)ディスプレイの電源のみを電源スイッチで落としていたのだ。帰宅しかかって、3台のディスプレイの電源を落とした後、メールの用事があったのでディスプレイ1台のみの電源を入れて操作を試みたのだ。そしたら、マウスの動きが間欠的でカーソルが動いては止まるを繰り返すのだ。んが、なんだこれというわけで、もう1台のディスプレイの電源を入れたら問題なくなったのだ。
TeamViewerが使えない理由がわかったのだ。TeamViewerでアクセスすると、本体の電源は生きているので問題なく接続できる。しかし、2台のディスプレイの電源が落ちていて、そもそも1台だけだったらディスプレイの有無に関係なく動作するのだが、もう1台のディスプレイも落ちているともう1台のディスプレイにアクセスするのだが応答がないので、動作が間欠的になるーマウスが間欠的にしか動かないーからリモートでは遅くてなんともできないのだ。
ディスプレイの電源スイッチを落とすことをせず、スリープでディスプレイの機能を落とすことにすればいいのではないだろうか。というわけで、今週末はディスプレイの電源スイッチを操作して電源を落とすのではなく、スリープ設定でディスプレイを落とすことにする。
同じネットにあるWin からTeamViewer でMac にリモート・ログインできるわけで、この環境で、1台のモニターの電源を切る、スリープでモニターを落とすという条件でのテストで、1台のモニターの電源をスイッチで落とすとまずいがスリープだと大丈夫というわけなので多分いいのだろう。
Sierraに変えたからなのだろうかMacを変えたからなのだろうか…Winではディスプレイの一方の電源が入ってなくても動作そのものに影響はない。カーソルが電源の入ってないディスプレイの方にも動くだけだ。
[ 追記 ] 2017.5.7
リモートで接続し、動作もそこそこなのを確認しましgた。上記の推測は正しかったようです。Macでは2台のディスプレイを使っているとき、1台の電源を落としてはいけないようです。
一研究者・教育者の意見 というブログの2017年05月02日 文科省の政策の果てにという記事で、一研究者さんは
「国立大学への交付金が削減されてきたが、その削減分は競争的資金として文科省のお目にかなう大学改革を実施している大学に配分されている。大学改革とは大学の教育改革だ。その結果、大学全体が受け取る「交付金」総額はかわらないものの、各大学で様々な教育改革を計画・実施しないと、「交付金」は結局減額されてしまうので、大学教員はこの新規な計画立案に忙殺され研究ができない。」と指摘している(もうちょっと横道にそれない展開にしてほしいけど、こういう指摘をしてれば一研究者さんもいいのだけどね、)。
もう、目の前の仕事としてこのような大学の教育改革(大抵の場合は組織構成を伴う改革だ)につきあうことはないのだが、元の大学へ仕事で行くと、この指摘通り、教授クラスのみならず研究三昧であるべき若手の教員にも負荷が掛かっているのがわかる。例えば、これまでの学位(博士など)の授与機構である大学院研究科制度を止めて、学位授与プログラムとかに改組するなどが画策されているらしい。これは、大学院定員を満たさない研究科があると交付金減額になるわけで、これを防ぐためには、組織を大きくして全体として定員の過不足を平らにしてしまおうということが現実的な目的なのだが、大義名分は学問分野の壁を取り払う大学院教育改革だ。大学院の組織改革は、程度によるけれど、新規の大学院を創設するのと同じような手続きになり、全構成員のこれまでの履歴・業績を集めることから始まるので、その事務的仕事量は半端ではない。こんなところも教員の仕事になる。
一方、日経の記事によると、政府の教育再生実行会議は「アカデミックな教育課程に偏りがちな大学を変革し、産業界が求める「即戦力」となる人材を育てろ」との提言したそうな。「文部科学省は提言を受け、大学の実践的なプログラムを文科相が認定する制度の検討を始めた」らしい。「資格の取得などを目指す教育プログラムを各大学が設けろ」だって。なんてこった。大学とはアカデミズムの塊だろうが。産業界はそんな即戦力ばかり要求するのかよ。「専門学校には既に同様の仕組みがあり、民間企業と連携した様々なプログラムが開設されている」のだったら専門学校に投資すればいいだろ。大学に要求することじゃないだろ。税金を大学に投資する目的は、目先の利益を得ることじゃないだろうが。こんなこともまた大学教員の負荷を増やすことになるんだよね。興味のある研究したいのに流行りの研究でないから、研究費もない、事務的業務ばかり増えて時間もないじゃ、逃げて行きたくなるよね。
大学の自由度を増すために法人化したなんて文科省は言うけれど、現実には金で大学を縛っているんだよね。大学独自の改革であればいいのだけど、文科省のおメガネにかなう改革でないとまずいわけで、大学当局は否定するけれど、天下り理事とか副学長ができちゃうんだよね。文科省役人の狙いだもんね。キャリア役人の所属省庁への忠誠心を保つためには、先細りになる出世街道からはずれる人への仕事場の提供が必須だからね。
腰痛も良くなってきたような気がするけれど、一度、椅子に座ったら立ち上がりたくないので、パソコンの前で、うだうだしているわけですな。休日なのに授業開催日といことで勤務しているのです。
[ 午後に追記 ]
なんとか実習をこなしたぞ。昨日より状態は良くなった。やっぱし、風呂・酒・飯・寝るがよかったらしい。
うへ! 学とみ子氏て、根拠を示さず、頭の中だけで妄想で文章を書く方なんですな。
目のまえの困った人を前に、臨床医がエイヤア!の治療をすることがある。たとえ、治療に問題あっても、実施されることがある。
だって。こんな医者にはかかりたくない。インフォームド・コンセントで嘘をインフォームドされたら困るよな。一か八の手段は患者側に決定権があるんだよな。
基礎学者は、臨床医の研究をけなす傾向がある。そんないいかげんな研究では、世の中に役立たないと言う。基礎学者は、臨床医の展望や希望が理解できないし、臨床医学は急に進むことがあることも見通さない。
つまり、追及したら本筋はだめだったが、副次的な発見があったなどの、ひょうたんから駒的進歩もある。
なんか、誤解だよね。基礎学者が臨床医の研究をけなすのは、その方法では証明にならないとかいうときで、臨床医の求めていることは理解できていて、あえて言うのだ。
この「つまり」が説明になってない。やったら副次的な発見とか瓢箪から駒で、臨床医学が急に進むことは無いとはいえないが、そんなことを目指して臨床医は研究するのかよ。
こうした基礎学者特有の視点も、今回のSTAP事件の発生に関係していると思う。
はあ?意味不明だ。なにが基礎学者特有の視点で、この視点がSTAP事件のどこに関係しているんだよ?
基礎と臨床の対立する現場の実態が、{ねつ造の科学者}で見れることは興味深い。
はあ?笹井氏が臨床で{ねつ造の科学者}の著者の須田氏が基礎かよ?
少なくとも医学部を卒業した方のようなので、もうすこしまともな論拠のある文章を書いたらいいのではないかと愚考いたしますな。
(まだ腰が痛いので座ってできる、他所様のブログけなしです)
筆頭著者の『婦人公論』5月9日号の日記の「血を逆流させるほどの憤激」について、その2です。半分ぎっくり腰で安静なのでネットで遊んでいるわけです。明日にはよくなるでしょう。
tea*r*akt2さんは「STAP細胞への確信を裏付ける」と解釈しているとしたが、 しかし、その後、J・ワトソンさんが「信頼する事務方幹部が裏では研究費返還請求手続きを進めていた」ことに憤激したのだと」指摘しています。
この事務方幹部の行動についての記述は『婦人公論』の日記にしかないので当ブログ管理人にはわからないのですが、日記に書いてあるんでしょう。
では「あの日」には、この論文投稿代請求の部分についてはどう書いてあるでしょ。p231の最後あたりです。
ネイチャーへの投稿を決めたのはもちろん私ではないし、他の人の不正はわからなかっただけで、単独での支払いを強いることは、私を罰する姿勢を対外的にとることだけが目的であり、その姿勢を貫くことに憤りを覚えた。
とあります。
つまり、婦人公論(2017年4月)に書かれていることから判断するワトソン説は(tea*r*akt2さんも指摘を受けて納得している説で)、一見、親切に対応してくれた事務方の上の方の身分の方(個人)が、裏で返還請求手続きを行っていたという裏切りに対する憤激なのに、ご本人の1年前の記述(2016年1月)では、理研(組織)の方針に対する怒りですね。
「あの日」には憤りについては比較的に冷静な記述に終わっているのに、日記では「血が逆流」とものすごく激しい表現で、怒りの対象も異なりますな。 どっちがホントなんでしょうかね。日記のほうは1年後の加筆の可能性があるから後付で、よく考えたら「あいつはひでー奴だ」と言いたくなったんでしょうかね? しかし、感情の起伏についての表現は確かに目を引くところがありますな。サイエンスに足を突っ込まず、ウソでも成り立つ私小説の世界では活躍ができたかもね。でも社会人としての資質はどちらでも必要だから、別の分野であっても大変でしょうね。
しかし「あの日」では「他の人の不正はわからなかった」と不正は共同研究者が行ったと堂々と言い放つのはどういう神経なんでしょね。この場合、どう考えても「他の人」とは”あの人”しかいないわけですね。単に緑に光っただけなのにSTAP細胞はある、データ改変は”あの人”に言われたからやったのだ、自分は不正はしていない、とあくまでも思っているんでしょうね。自分の都合の悪い言動は覚えていられないから、自分では一貫した行動を取っていると思っているんでしょうね。だから他所様から指摘されると、ストレス下なのでなんと答えていいかわからなかった・他人のせいにする・怒り狂うという、すごい人ですな。
tea*r*akt2 さんのブログ 理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問 の小保方氏が憤激した論文投稿料の返還請求―石川氏の告発不受理を受けて、NHKのリーク報道と同時に打たれた「追加工作」の一環では? の記事では、『婦人公論』5月9日号の筆頭著者の日記を転載していました。
■他方、論文の投稿料返還請求の発表に対しては、激烈な反応を示しています。
「3月20日(金)
理研が私に論文の投稿料60万円を返還請求することを発表したと連絡を受けた。内臓が突き上げられるかのような悔しさ。血を逆流させるほどの「信じられない」という思い。抗えない感情の渦は、似た感覚を持った時の記憶を連鎖的に呼び覚まし、苦しみの濁流に変わる。「研究の状況を常識的に考えたら、理研が小保方さんにお金の返還を求めることは絶対にありえない」と私に説明をした理研の事務方の幹部がいた。騒動中、大将と名乗っていたのに、いつの間にか本陣を去ってしまった人。思い出すことを避けていた人の顔が頭に浮かび、自の奥で赤い光が弾けた。頭の中も、目に映るものも、すべてが赤い。沸騰した濁流で体が破裂しそう。それでも、心の痛みら感じる体の芯は氷を詰め込まれたように冷え切っている。 」
瞬間的に、人間としての感情が戻った感じです。 血が逆流するほどの憤激をしたということは、小保方氏のSTAP細胞への確信を裏付けるものでしょう。
勿論、婦人公論なんか管理人は買うわけがないから、この記載がホントかどうかわからないけど、tea*r*akt2 さんがすぐにわかる嘘・間違えを書くわけがないだろうとしてこの記事を書いております。
筆頭著者が憤激したということについて、tea*r*akt2さんは「STAP細胞への確信を裏付ける」と解釈していますが、そうではなく、「筆頭著者はなんら不正は行っていないと相変わらず思っている」と解釈すべきことでしょうな。桂委員会の調査では2件の不正を本人は認めているのにもかかわらず、だ。
婦人公論の記事は現在(2017年4月)、2015年3月の日記を(多分、一部改変して)公開しているので、本当に2年前のことを記載しているかどうかはわからないが、現在になっても当時の”憤激”を公開しているということは、当時も現在にいたっても、不正行為を行ったという自覚がなかった・ないのだろうな。
投稿の経費の60万円で済んだのはラッキーで研究費全学返還要求されたっておかしくないところだ。理研は、実験自体は行われたとして、研究費の返還を請求せず、不正な論文を投稿したことについて請求したようだ。理研としては、さっさと始末したいので研究費全額返還請求などして裁判沙汰などにはしたくないのでしょうね。STAP細胞はある、不正はしていない、憤激した、とするのなら、たとえ60万円でも裁判にすればいいのにね。
tea*r*akt2さんは、文章はまともに書けるようだが、そもそも擁護という立場からしか物事を見られないので、「理研のシナリオライターの指揮」とか「各種の情報公開請求などで、「不都合な真実」を裏付ける材料が、今に至るもどんどん出てきています。」、「(理研側には)無理を重ねてSTAP細胞を潰そうとしたということは、その存在によほどの危機感があった」などと、想像・妄想がたくましいようですな。
理研のシナリオライターとは誰なんでしょうね。
不正であったという判定に反する”不都合な事実”とは何でしょ?
擁護の方々が情報公開制度とかを利用したり、発表された図の隅をつっついたりして、桂委員会の発表と食い違うと主張したりしているけれど、そもそもの撤回された論文のデータはどれがホントか、実験を行ったご本人にすら記憶がない・記録もないのでわからないわけで、想像たくましく議論する意味がないと思われますね。
「STAP細胞を潰そうとした」ということはなく、そもそもが怪しいデータであり、ご本人を含め複数の研究者が再現できないことから、自ら潰れちゃったのではないでしょうか。
ES細胞の混入なのであれば、STAP細胞はないわけですから、桂調査委と検証実験報告で一件落着となったはずです。
しかしそれでも、その後も無理筋の攻撃を繰り返したということは、STAP細胞はやはりできていて、それに危機感を募らせているのだろう、というのが、経過をずっとフォローしている人間からみた素直な印象です。
はいそうですね。一件落着になったのです。その後、無理筋でわめいているのが、いわゆる擁護派で、この「わめき」を放置しておくのはまずいんじゃないのと「結論ありき」のブログが立ち上がったわけですね。今では自沈しちゃった某女史が、自らの科学的リテラシーの欠如を認識することなしに科学的根拠のないいい加減な記事を書いたもんで、そりゃ、なんでもまずいんじゃないの?と、頑張っていただいているわけですね。当ブログ管理人は、当初、この「結論ありきブログ」管理人の方が研究者のようだったので、研究に集中したほうがいいよと言ったものの、今になってみれば、結果として、唯一の科学的なコメントが読める場となったわけで、やめたほうがいいよなんてコメントしたことを恥じております。「結論ありき」のブログ管理人さん、ごめんなさい。
「STAP細胞はやはりできていて、それに危機感を募らせている」方って、どこにいるんでしょ?
キャンパスの複数の学部・学科から選出された委員で構成されるある委員会があって、年度変わりで、メンバーの一部が変更になった。
昨年度の委員会である提案をしたのね。ある部署にある業務を依頼するのだが、根回しを行った結果、その部署からは教員個人からの依頼ではなく委員会からの要望としてくれというわけだ。当然ですな。そこで委員会への提案したのだが、提案は口頭ではなく文書にして提出したのだ。各学科で持ち帰って議論してちょうだいねというわけね。口頭だと多分伝わらないから、しっかり文書にしたわけね。で、本日、新年度の第1回の委員会で、当然のことながら、管理人の提案が議題になったのだが、委員が交代した複数の学科の新委員は、ともに、そんな提案は学科で議論されてない、申し送りも受けてないというのだ。だから委員会では以前の議論を蒸し返したのだ。ま、そんなもんだろうなという予想通りだ。学科代表の委員という自覚なんかないのだ。
委員長はこんなことはよくあることと知っているわけで、委員長裁定で管理人の提案通り、委員会の名前で関係部署に依頼することになった。次回の委員会への懸案事項とならなくてよかった。
当初はこういうことにいらついたんだけど、何年も勤務したので、あきらめています。手順だけは踏んでおくことにしているわけですな。赴任当初は、根回ししたら怒られたことがあったよ。ちゃんと関係委員会があるんだからそこに提案しろというわけね。その提案を作るための調査・根回しということが理解されなかったよ。ため息がわかるでしょ。
実習で握力を測定する。いわゆる握力計ではなく、電圧出力のある握力計を使う。目的は握力の値だけではなく、合図があってからどのくらいの潜時で力が出現し最大値になるのはいつかとかを測定させるのだ。つまり握力の値が目的ではなく、機器を使って測定することを学ばせるのが目的だ。だから市販のデジタル握力計とかを使うのではない。下図のような図をレポートに貼り付けて提出させるのだ。さらにクラス全員のデータを集め男女で差があるか、他のクラスと差があるかを検討(検定)させるのだ。

ストレンゲージが仕込んである力を入れる器具は十分角が丸くて(下写真の右のグレイの金属の箱)、力いっぱい握っても手が痛くなるとは思えないのだが、

学生からは痛いというクレームがでるのだ。だから軍手を準備したのだ。手のひらが柔いのだ。ひょっとして雑巾なんか絞ったことがないのではと思うくらいだ。
問題は、最近の若者の潔癖性だ。軍手はいくつ用意したらいいのだろうか?近頃の学生さんは他人の使った軍手を使うのに抵抗があるのだろうか?
手術用手袋は、使い捨てだから、他のヒトが使ったのを再使用というのはありえないだろ。軍手も使い捨てか?
とりあえず、各自、利き手の握力しか測定しないので、班(3〜5名で構成)に軍手の片手だけ1ケを配布してみる。
あの娘が使った後だからいいけど、あの野郎の後は使いたくないなんてのは、新しい軍手の提供を拒否していいよね。
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[ 追記 ] 2017.5.7
アンケートご協力ありがとうございます。締め切りました。
実習を実施しました。他人の使った後の軍手は使いたくないという学生が160名中、一人確認しました。もっといたかもしれませんが、そのような学生は軍手を使わず、素手で握力計を握ったのでしょう。握力計を除菌しろというクレームはありませんでしたね。全員に聞きまわるほと暇ではなかったので正確な人数はわかりません。このアンケートのようなことを学生に実施したら、藪蛇で、次回から軍手を人数分用意するはめになるかもしれません。担当の助教は軍手を洗濯するのもいやだから捨てるといっています。管理人だったら、聞かれたら洗濯済みだといって、洗濯することなしに再度提供するかもね。じじいだから、なんとなく使い捨てに抵抗があるんですな。
新入生95名に「自宅に自由になるパソコンがあるか?」と聞いてみた

当然のことながらWindows機が多いわけだが、OSがなんであるかわからないという答えがある。
17%も自宅にパソコンがないとの答えだ。4,5年前はPCのない学生は100名中2,3名だったのだが….
なぜ、持ってない学生がこんなにいるのだろうか?スマホは100%の学生が持っている。まだスマホはパソコンの代わりにはならないと思うのだが…
学生のパソコン所有率とかのキーワードで検索すると、幾つもの調査結果があって、上記の結果が驚くべきことではないようだ。
It's alright, I say It's OK. Listen to what I say.