Monterey Firefox JavaScript

MacのOSがアップデートされた。Monterey macOS12 である。アップデートされたら他のアプリが対応できるまでしばらく待てというのが王道なんだけど、すぐアップデートしちゃうのだ。

問題は、キーボード 入力ソース がリセットされちゃって ABC しかない。日本語(ひらがな)等を加える必要がある。すぐ日本語入力ができないのでわかって、解決できる。

仕事上、JavaScriptを使っているページにアクセスする必要がある。これまでは問題なかったのだが、OSをアップデートしてFirefoxでアクセスしたら「JavaScriptがお前のブラウザでは有効になってない」から有効にしろと言ってきて、ページが開けない。
しかしFirefoxでhttps://www.javadrive.jp/javascript/start/check.htmlにアクセスすると「JavaScriptは有効です。」と返ってきて問題ない。

該当ページはChromeやSafariでも問題なく開ける。Firefoxだけなのだ。今の所何故なのかわからない。該当ページを管理している方に聞いても答えてくれるかどうかわからないが、間接に聞いてみることをお願いしてみたが、だめだろうな。このページにアクセスするときはブラウザを選択するしかないですね。

[追記]2021.11.1
何故かわからないけど他のMacをMotnereyにアップしたが問題ない。このノートだけなのかもしれない。
JavaScript をOff にすると、このサイトのトップページにアクセスできない。On にするとトップページにアクセスできるものの、次のページに移ると上記のようにJavaScriptがないといってくるのだ。

外からの反応を止めて…

学とみ子は記事の最後に

(一言居士さんは)一切の、外からの反応を止めて書いている。これは賢明なやり方である。
当ブログも、しばらく、このスタイルで行こうと思う。

と宣言しました。
どうぞご勝手にというところですが、それでは何のためにブログを書いているのか、考えたらいいのではないでしょうかとご進言申し上げます。反応してほしいと言っているわけではありません。それならば、むしろブログを閉鎖したらという意味です、念為。

当方の学とみ子が怒り狂っているというコメントに対し学とみ子曰く

どうして、学とみ子の言い分を途中で切るのでしょうか?
学とみ子は、上記引用文章に続けて、「彼らは正しいのですか?そうなら、Lさんはため息plusコンビは正しいと、そういったらどうでしょう。」と言ってます。途中で学とみ子文章を切らない方が良いですよ。

だそうです。しかし当方のコメントにも書いてありますが、Lさんが当方等に言及しないことに怒っていることが「彼らは正しいの…そういったらどうでしょう。」という発言に表れているのは自明ですね。

学とみ子が6297. L さんのコメント 2021年10月25日 09:08 を読んで曰く

Lさんの以下の言葉は、誰にあてての言葉なのだろうか?
>皆さん想定内ですよね?
皆さんとは、ため息さん?、plusさん?、ため息ブログの皆さんたち?誰?

皆さんとは、「結論ありき」の… というブログの読者全員ですよ。当たり前でしょ。擁護の方々も読者ですよ。

「学とみ子がいい加減に文章を書いているような印象を周りの人たちに与えてしまう失礼な文章を、Lさんは、なぜ、書くのだろうか?」えええ?学とみ子の書いていることが妄想、デタラメなのは周知の事実でしょ。印象ではないですよ。間違えはだれにでもあるから構わないのですが、指摘されても反論もせず訂正もしないからですよ。いつになったらCAG-GFPが仕込まれたマウス細胞でニワトリβアクチンが合成されるという発言を訂正するの?

Cag-GFPの細胞が光る・光らない…
plus99%さんがおっしゃるようにCAG-GFPが仕込まれたマウスから採取されたリンパ球、これを酸浴した直後、”初期化されてSTAP細胞”となったとき、細胞が光る、光らないはキメラ作成実験に直接関係ないから紫外線を当てて調べる必要はないのですね。使ったマウスが正しければどうでもいいわけですね。チェックしたかもしれませんね。でもキメラ作成に回した細胞が違っていたわけですな。キメラになったかどうかを簡易に調べる方法なわけですね。ちゃんとキメラになってもなんらかの理由で光らないかもしれない。光ったらキメラに貢献したということですからね。でキメラが光って大騒ぎの発端になったわけです。光っただけでは証拠不十分なのでTCR再構成を利用しようということになったのでしょ。でも学とみ子に言わせるとTCR再構成の実験は理論的に不可能だというわけですね。学とみ子は西川氏を始めとするシニアの研究者、免疫の専門家をT細胞を知らないとバカにしているわけですね。

と、話題に乏しいので、前記事のコメント欄が100件を超えそうなので記事を立ち上げました。

There’s a yellow rose in Texas that I am gonna see …. roses だけど

STAP細胞事件の新定義

この記事およびコメントは先の記事のコメント欄の続きです。学とみ子がバカを言うたびにコメントが増えますね。というわけで、つまらない記事を立ち上げました。

さて学とみ子によると、STAP細胞事件とは、「遺伝子解析の学者によって細胞専門家たちが潰された事件」だそうです。このような定義は初めてみました。

STAP細胞問題とは日本大百科全書(ニッポニカ) によるとSTAP細胞論文が虚偽であり不正であったことが発覚し、日本の生命科学研究の信頼性を揺るがす大事件になった問題。だそうで、これをはじめとして、STAP細胞事件を解説しているページに、遺伝子解析学者が発生学者を潰したという説明はありません。新たに学とみ子が作り出した定義ですね。

「STAP事件では、世界に名の知られた細胞発生学の学者たちが、遺伝子解析学者に攻撃されて負けた事件です。」遺伝子解析学者とは遠藤氏のことでしょうか?桂調査委員会委員の方々も含むのでしょうか?「細胞発生学」なる学問分野はなく、したがってこのような分野を名乗る研究者はいません。あるとしたら発生学ですね。もし「細胞発生学」を名乗る方がいるのなら、生命の発生を研究分野とする方でしょうね。このように勝手に専門用語らしいデタラメな言葉を作り出すのが学とみ子の特徴の一つです。共通言語を持たないので議論が極めて難しくなります。

「なにしろ、細胞を扱う生物学者は、実験の精度、再現性を担保することが難しいものです。」などいう発言は生物を研究対象としている研究者にとって噴飯ものですね。自身が生物を研究対象としたことがないのに、よくこんなデタラメを言うことができますね。


マツムシソウ

コロナ明けの女子会

Covid-19感染が収まったのかどうか、まだわからないところですが、もう我慢ができない、東京都の感染者は100人以下なんだからやれとの、天の声が降りてきて、久々の女子会です。

前菜というかアペタイザーというのか、左からブロッコリーとマイタケのナムル(ブロッコリーとマイタケはレンジでチンして、ごま油、醤油、砂糖、にんにくすりおろし、生姜すりおろし、白ごまのタレをかける)、マグロ中とろ、だし醤油のジェロの上に、イクラ、うに、わさビーズを乗せました。

行きつけの魚屋にオーダーした刺身盛り合わせ

シイラの煮付け焼き葱添え(シイラを醤油、みりん、砂糖、生姜スライスで煮ました)

黒い塊ですが黒酢豚(肩ロース500gを圧力鍋で10分蒸して、冷えたら片栗粉をまぶし、表面を油で揚げます。黒酢、紹興酒、醤油、砂糖、片栗粉を混ぜて加熱し、油を切った豚肉に絡めます)周囲は食用菊。

苦労したモンブラン
マロンペースト
栗は水につけてオーバーナイト。40分ゆでて、半分に中華包丁で割り、中身を取り出す。
栗(正味)350g、砂糖 60g、牛乳 100cc を鍋に入れ加熱。泡が出てきたらいいくらいの少しだけ加熱。バターを入れえるレシピもあるが入れない。フードプロセッサで撹拌。ポリ袋に入れて冷凍保存。
解凍して生クリームを加えゆるくして(ブランデーを加えるのを忘れた)、モンブラン用の絞り金具の穴から出るであろう柔らかさにする。
スポンジケーキの溶液(卵1ケの卵白を固くなるまで泡だて、卵黄を加え泡立て、グラニュー糖30g、薄力粉30gを加える)を紙コップくらいの紙の容器5ケに注ぎ170度のオーブンで15分。周りの紙を破って捨て、ケーキの台とする。生クリームをホイップして固くして、このスポンジケーキの台の上にのせ、購入した渋皮煮の栗をのせ、栗ペーストを絞り出すのだが、フードプロセッサだけでは粒あるいは渋皮が残っていて、ノズルが詰まって絞り出せない。しょうがないから、絞り袋からとりだし、裏ごしした。裏ごししたら問題はなく絞り出せる。もう一つの渋皮煮の栗をトッピングする。

まつたけとむき海老と三つ葉のお吸い物(コブとかつおだしに醤油を加える)があったのだが写真がない。

飲み物は赤ワインを所望した女王様に従って、赤ワインと、今年はまだ暑さが続いていたので、冷たい麦茶ということになりました。ケーキのときはコーヒーです。

いつものように、大騒ぎで、シェフだけが疲れ果てました。ご苦労さまでした。

好奇心

どうやったら学生さんに好奇心を、科学的な好奇心を持たせることができるのだろうか?

偏差値で高くないランクになってしまっている大学に来る学生さんの学力には問題がある。

学力が低いのは、遺伝とこれまでの教育の結果だから大学に入ってから急になんとかできるものではない。学力と理解力とは相関があるのだろうが、それぞれどうやって測定したものか、教育学など知らないからわからない。

明らかに言えることは、講義をやっていて、当方がもし教わる方にいたら、これまで知らないことだし、面白そうだと興味を持つだろうと思われる題材を示しても、興味を示さない学生が多いことだ。たとえば、今週は視覚の話なので、盲点について解説するわけだ。盲点とは網膜の神経節細胞の軸索が眼球の内側から外側に突き抜ける点、血管もある視神経乳頭と呼ばれる部分で、ここには光を受容する細胞、視細胞がないから、ここにあたった光は感受されないことになる。では、実際ここに光を当てたらどう見えるかやってみてと、資料を渡して、やってもらうわけだ。

よくある盲点の話は盲点はどこにある?のような図だ。片目(右目)で丸を見ていて絵と目の距離を変えると星が見えなくなる距離がある。この距離のとき見えなくなった図形(星)からくる光は視神経乳頭に来ているから見えないというわけだ。ここまでは中学の話だ。

この図で同じこと(右目だけで十字を見て、紙面との距離を変えると黄色の丸がみえなくなるところがある)を、配布資料にこの絵を印刷して実行してみろと講義でいうわけだ。実行する学生さんは1/3にも満たない。「そんな盲点など知っているわい」ということなんだろうか、何故実施しないかよくわからない。好奇心がないのでは?と思うわけだ。

実施しない学生には、しつこくやってみろというわけだが、全員が実施するわけではない。前の方に座っている学生は実施するので、この学生を対象に話を進めるわけだ。黄色い点が消えただろ?消えてどうなった?見えないから白い丸になった?黒い丸になった?灰色の丸になった?と聞くと、青い縞の背景が見えるということになる。上のネットのページは背景が白だからわからないが、この見えない点は周囲の情報で補間されるというのが、中学とは違うことなのだ。つまり視覚情報は、眼球の光学的仕組みがカメラに例えられるが、カメラの写真のようにならない、情報は、場合によっては大脳皮質に届かない、色々な他の情報とかこれまでの経験等で歪められて認識に至る、その例が錯視である、というのが人間の情報処理機構なのだと説明するわけだ。しかし、興味がない学生に言っても無駄なのだ。興味を持たせることは…あきらめている。

講義終了時にテストを課すわけだ。正解を1つ選べ。
視神経乳頭(盲点)には視細胞がないから盲点に投射された光情報を得ることができない。ここに来た光情報は大脳へ届かないわけだが、
1.黒い円と認識される。
2.白い円と認識される。
3.灰色の円と認識される。
4.視神経乳頭周囲の情報で補間され認識される。
正解率は60%程度なのだ。やってみればわかるのに、実施しないからな。

同じことを前任の大学でもやっている。このときは正解率が80%だったようだ。それでも8割しかできないと嘆いている。もっとひどいところで教えているわけだ。どうやって、好奇心を惹起させることができるのだろうか。

ベネッセのサイトに好奇心を育む方法なんてのが書いてあるけど、幼児、小児の時の話だな。大学生になってからは大変だ。

ともかく質問があったら、「それは良い質問だ」とまず言うことに努めているわけだが、質問そのものがないからどうしようない。

季節ハズレで、今年3月の写真です。水仙

結局、遠藤氏の言動から言いたいことは…

学とみ子とOoboe氏は、遠藤氏の論文記者会見Kahoの日記を読んで、聞いて何が言いたいの?

遠藤氏の解析結果、論文の主張は学とみ子、Ooboe氏の主張:小保方氏はES細胞を混入させていない、と相反するから、遠藤氏がSTAP論文が発表される前からデータを得ていて解析した、小保方氏がES細胞を混入したという陰謀に沿って話を進めた、小保方ES捏造説に加担したといういいがりをつけているということなんでしょうね。論文発表前にSTAP細胞のデータを得ていたとする根拠もあいまいだし、遠藤氏の理研執行部に対する言動が、学とみ子、Ooboe氏の主張に有利なのか不利なのかよくわかりませんな。

貴重なる遠藤氏の記者会見 などというタイトルの意味もよくわかりませんね。遠藤氏の記者会見の何が学とみ子説にとって貴重で有利なことになるのでしょ?

記事が変わったので質問を再掲します。

キメラにES細胞由来細胞があった(桂調査委員会報告書p10)ということですから、若山氏はES細胞由来細胞を注入したことになります。若山氏はES細胞と知っていて注入したか、STAP細胞と区別できず注入したかのどちらかです。学とみ子はどちらだと思うのですか?2択だから答えるのは簡単でしょ。どっち?

”Stress Test” を知らなかった

追記(2021.10.2)を書いたのですが、コメントの方に移しました。

昔などといわず2,3年前というくらいの近年の出来事を忘れてしまうのは、当方にでもあることで、どうということはないのですが、忘れたとは言わず、知らなかったと表現するのはどういうことでしょうかね。

ご本人ははっきりとGoogyear氏の記事の存在を、認識していたことがあったわけです。その認識がぶっ飛んじゃったのを当方が指摘したのにも関わらず、忘れたとの表現ではなく知らなかったと表現するのはどうしてでしょうね。忘れたとするより知らなかったとするほうがまだ言い訳になると思っているのでしょうかね?あくまでも当方に負けてなるものか、医師として当方等下々に負けてはならないのだという誤ったプライドを保持したい、マウントをとりたいということなんでしょうね。

というわけで、改めてGoogyear氏の記事に関する学とみ子の記事を読むと:

・筆者のグッドイヤー氏は、この記事を書く時に、改革委員会委員にも(ネットで?)インタビューをしているようですが、多くの委員は答えることをしなかったようです。(これは後にこの記事とは関係がないと学とみ子から訂正がありました)
・上記の書きぶりから、記者(Googyear氏)は、CDBの解体を最初から目論んで書いていることが、良くわかりますね。
・せっかく、内部の研究者の声を書いているにもかかわらず、そうした状況が理研のひどい点であると、記者が持っていくのはどうかと思う。
・とにかく、CDB解体に向けてのマスコミ活動であることを、記者は露骨にばらしているのである。
・そして、CDB上層部がひどい腐敗した研究状態であるかのように持っていくのである。
・それが真実であると、記者は書き連ねているのだ。
等々

は、全て、週刊現代の記事を読んでのことだったようだ。あたかも原著を読んだかのような批評を書くのはいかがなものかと思うところですね。ひょっとして、学とみ子の医学博士論文の引用文献もこのような孫引きなんだろうか?

白い彼岸花