対立を煽る

学とみ子の日本語がおかしいのはこれまで何回も指摘してきたことです。今回の記事のタイトル「人は「敵」を作ることで結束する 宗教でも政治でも個人ブログでも、起こりうることだ。 対立を煽るという悪手が、人の心に潜んでいる。」もおかしな日本語です。

このタイトルのままだとすると「学とみ子vsため息ブログが対立していて、この対立を煽る誰かがいる」(下記*参照)ということになりますが、この対立の状況に、対立を煽る第三者はいません。学とみ子ブログの支持者:ゼロ、ため息ブログ支持者:多数ということで、どちらも支持せず意見(煽り)を言う方はいません。したがって間違いです。タイトルに「学とみ子vsため息ブログ」であることは示してないのですが、記事本文に「人は「敵」を作ることで結束する。宗教でも政治でも個人ブログでも、起こりうることだ。対立を煽るという悪手が、人の心に潜んでいる。」とあることと学とみ子のため息ブログの捉え方からみると、対立関係は「学とみ子vsため息ブログ」なのは明らかです。

このように学とみ子の日本語は、これが国内最高の教育を受けなおかつ難しい国家試験を通った方の使う言葉ではないのです。だからといって英語をかかせても、日本語をそのまま直訳するから変わりがないのです。

Q: 「対立を煽る」とあったとき、煽るのは当事者の二人(あるいは2つのグループ)ですか、それとも第三者ですか?

CharGPT: 結論から言うと、「対立を煽る」の“煽る”主体は **通常は第三者** を指します。


### ■ 基本のニュアンス
「煽る」はもともと
👉 感情を刺激して強める/けしかける
という意味があります。
なので「対立を煽る」は、
> すでにある対立や緊張を、外から刺激してさらに激しくする
というニュアンスになります。

### ■ 誰が煽るのか?
一般的な解釈はこうです:
* **第三者が煽る**(最も自然)
* 例:メディア、周囲の人、政治家など
* AとBの対立を外から悪化させる

### ■ 当事者の場合は?
当事者同士でも使えないわけではありませんが、その場合は少し意味が変わります。
* 当事者AがBを挑発 → 結果として対立が激化
→ この場合は
👉 「相手を煽る」や「挑発する」のほうが自然
「対立を煽る」と言うと、
* **俯瞰的(外から見た表現)**
* **構造として対立を激化させている**
という感じになるため、やはり第三者的な視点が強いです。

### ■ まとめ
* 「対立を煽る」=基本は **第三者が対立を激化させる**
* 当事者同士なら
→「煽る」より「挑発する」「言い争う」のほうが自然なことが多い


朝取りの筍、泥のついた全体像を撮りそこねたので切り取った穂先だけ。

「対立を煽る」への6件のフィードバック

  1. 人の判断にはおおよそ三〜四種類に分けられると思います。

    ① 論理・証拠に基づく内容判断型
     基本的にデータを見るのであって、誰が言ったかは基本的に関係がない。場合によっては理解されず孤立することがある。
    ② 所属・立場・陣営などグループ判断型
     味方の主張は支持するが、敵の主張は否定する。内容より立場ですね。集団結束が強くなり、集団行動がしやすいという特徴があります。この判断立場をとる人は誤りを修正することができない(しない)場合が多いですね。そして、話題は、政治・宗教など派閥的内容。「〜派」「〜グループ」という文言を多用します。
    ③ 論理・証拠に基づく場合もあれば、判断がつけられない時は適宜最適だと考える方を選択する最適解判断型
     全てが論理的に判断を下せるわけではなく、判断を迫られる場合もあり、その場合、リスク回避のために多数派に従うということがあります。
    ④ 投影判断型
     自分の不安・矛盾・劣等感を他者に投影(防衛機制の投影 projection)して判断処理するタイプ。①の③と異なるのは、論理的に破綻したとき、人格攻撃に出ます。

    学とみ子はブログ記事『人は「敵」を作ることで結束する 宗教でも政治でも個人ブログでも、起こりうることだ。 対立を煽るという悪手が、人の心に潜んでいる。』の中でため息ブログは上記四分類の ② と言いたいようです。

    しかし、学とみ子は自己の投影性発言に気付いていません。
    学とみ子は上記の②であり④の判断を主にしています。
    自己の不安・矛盾・劣等感を心理的に耐えられないため、これは自分ではなく相手の問題だとすり替えてしまうわけですね。投影が強い人は、自分がやっていること、考えていること、やろうとしていることを相手に投影させようとするため、思考戦略が露呈してしまうわけです。

    学とみ子は自らのブログで
    『私(学とみ子)は、人の心に潜む残虐性に富む「差別」を、問題視しようと思います』とコメントしています。これは、学とみ子の心の奥底に残虐性に富む「差別」が存在していることを示しています。
    また、『ため息ブログの作戦とも共通だが、世の中には、対立を煽って自らの主張を通す手法があるということなのだ。この方向性は、人々が窮地になると、登場するようだ』とコメントしています。これは学とみ子の行動として「対立を煽ってでも学とみ子の主張を通す方法があるだろう」と学とみ子が思考戦略として考えているということなのですよ(問題を起こしてマッチポンプ的に主張、もしくは、離間の計*)。また、学とみ子は自ら窮地に陥っていることを認識しているからこそ、「人々が窮地になると、登場するようだ」と発している。

    *離間の計:敵の内部の人間関係を壊して、互いに疑わせたり対立させたりすることで弱体化させる策略(中国古典の兵法書 三十六計 に出てくる策略)
    ① 疑念を植え付ける
    ② 偽情報を流す
    ③ 不公平感を作る
    ④ 対立関係を煽る

    学とみ子の状況はよほど苦しいのだということが理解できる🤣

  2. 学とみ子がAIと遊んだ結果を記事にしていますが、全く意味のないことをやっているのがわからないのですかね。

    自分の偏見意見を述べて、geminiに「10年という長い月日の中で、あなたが細部まで緻密に検証し続けてこられた事実は、AIの生成する文章よりもずっと重く、価値があるものです。」と言わせて嬉しくてしょうがないのですね。

    「参考までに、学とみ子が、過去に数回書いてきた桂報告書内の、「責任問えない」文章一覧を追加します。」 ← ブログ読者に提示しているのですかね?この学とみ子の挙げた桂調査委員会報告書の記載は、小保方氏がデータを提出しないので研究不正なのか判断できない、したがって研究不正と認めることはできないといっているのであって、「責任を問えない」といっているのではないのです、報告書のまとめ部分(p30)には「論文の図表の元になるオリジナルデータ、特に小保方氏担当の分が、顕微鏡に取り付けたハードディスク内の画像を除きほとんど存在せず、「責任ある研究」の基盤が崩壊している問題である。最終的に論文の図表を作成したのは小保方氏なので、この責任は大部分、小保方氏に帰せられるものである。また、STAP幹細胞、FI幹細胞、キメラマウス、テラトーマなどについて、作製後の解析を行ったのも大部分が小保方氏だが、その実験記録もほとんど存在しない。」と書いてあるように、責任は小保方氏にあると、言っているのです。」

    以下の*にAIに学とみ子(Aさん)の意見と当方(Bさん)の意見を併記して、どちらが妥当かを、ばかばかしいですが、聞いてみました。学とみ子は何回指摘しても訂正することなく、「小保方氏に責任は問えない」と書いてあると主張するからです。日本語に不自由なので「不正と判断できない」と「責任がない」とは全く異なる意味なのが理解できないのです。これだけ何回も間違いだと指摘されているのに反論することもなく同じ誤った主張を繰り返すのは、誰にも影響を与えないとはいえ、ネットで検索するとヒットしたりして、学とみ子は嘘デタラメをばらまいているということを知らない方の誤解を招きます。犯罪行為と言われてもしょうがないレベルかと思います。

    Q: STAP細胞の研究不正を調査した桂勲氏を長とする調査委員会の報告書には以下の$$$で挟まれたような記載があります。
    $$$
    〇15頁 不正と断定するに足りる証拠はないと考えられる。
    〇16頁 意図的な捏造であったとまでは認定できないと思われる。
        意図的な捏造との確証を持つには至らなかった。よって、捏造に当たる研究不正とは認められない。
    〇22頁 悪意であったと認定することはできず、調査により得られた証拠に基づき認定する限り、研究不正とは認められない。
        調査により得られた証拠に基づき認定する限り、研究不正とは認められない。
    〇23頁 小保方氏からオリジナルデータが提出されなかったため、不一致の認定を行うことはできず、研究不正とは認められない。
        小保方氏にオリジナルデータの提出を求めたが、提出されなかった。
        小保方氏からオリジナルデータが提出されなかったため、不適切な操作が行われたかどうかの確認はできず、研究不正とは認められない。
        パソコンに入っていると思われるオリジナルデータの提出を小保方氏に求めたが、提出されなかった。
        オリジナルデータの確認がとれないため、調査により得られた証拠に基づき認定する限り、研究不正とは認められない
    〇24頁 このように問題を多数含む FACS データについて、共同研究者から問題点を指摘されたことはないと小保方氏は説明した。使用された装置に残っていたデータを再解析したが、論文の図に合致すると思われるものを特定することはできなかった。
        よって、調査により得られた証拠に基づき認定する限り、研究不正とは認められない。
    〇25頁 しかしながら、前述のとおり、調査により得られたすべての証拠を総合しても ES 細胞混入の行為者が特定できず、研究不正とは認められない。
    〇26頁 しかし、調査により得られた証拠に基づき認定する限り、研究不正とは認められない。
    〇28頁 意図的な隠蔽ではなく、研究不正とは認められない。
    〇29頁 調査により得られた証拠に基づき認定する限り、研究不正とは認められない。
    $$$
    この記載についてAさんは「参考までに、Aが、過去に数回書いてきた桂報告書内の、「責任問えない」文章一覧を追加します。理研内の人たちは、小保方氏が実際に手を下した実験がどれであったか?を、知っているので、そこを、社会に残したのです。」と発言しました。

    これに対しBさんは「このAさんの挙げた桂調査委員会報告書の記載は、小保方氏がデータを提出しないので研究不正なのか判断できない、したがって研究不正と認めることはできないといっているのであって、「責任を問えない」といっているのではないのです、報告書のまとめ部分(p30)には「論文の図表の元になるオリジナルデータ、特に小保方氏担当の分が、顕微鏡に取り付けたハードディスク内の画像を除きほとんど存在せず、「責任ある研究」の基盤が崩壊している問題である。最終的に論文の図表を作成したのは小保方氏なので、この責任は大部分、小保方氏に帰せられるものである。また、STAP幹細胞、FI幹細胞、キメラマウス、テラトーマなどについて、作製後の解析を行ったのも大部分が小保方氏だが、その実験記録もほとんど存在しない。」と書いてあるように、責任は小保方氏にあると、言っているのです。」と批判しました。

    AさんとBさんの桂調査委員会報告書の記載の解釈はどちらが妥当なのでしょうか?あるいはどちらも一理ある意見なのでしょうか?

    Gemini: ご提示いただいた桂調査委員会(STAP細胞事案の再調査)の報告書の内容に基づき、AさんとBさんの主張を検討すると、**結論としてはBさんの解釈が圧倒的に妥当であり、Aさんの解釈は「研究不正の認定基準」と「研究責任」を混同している**と言わざるを得ません。

    それぞれの主張を論理的に分析します。
    ### 1. Bさんの解釈の妥当性:研究倫理と「認定」のルール
    Bさんの指摘は、調査報告書の法的・組織的な性格を正確に捉えています。
    * **「認定できない」≠「責任がない」**:
    調査委員会は「裁判」に近い厳格な基準で動きます。研究不正(捏造・改ざん)を認定するには、「意図的であること」を証拠で証明しなければなりません。Aさんが挙げた「オリジナルデータがないため不正と認められない」という記述は、**「シロ(無実)」と判定したのではなく、「証拠不十分でクロと断定できない」という手続き上の限界**を述べているに過ぎません。
    * **管理責任の追及**:
    Bさんが引用した30頁の記述は、科学者としての根本的な「責任」を問うています。「データが存在しないこと自体が、研究者としての責任を果たしていない証拠である」という指摘は、研究者コミュニティにおいて非常に厳しい非難です。つまり、**「不正の実行犯としては特定(認定)できないが、データ管理を放棄し、結果として虚偽の論文を出した責任は小保方氏にある」**という論理です。
    ### 2. Aさんの解釈の問題点:文脈の読み違え
    Aさんの主張には、以下の点で論理的な飛躍があります。
    * **「責任問えない」の誤用**:
    報告書が「不正と認められない」と書いたのは、あくまで「捏造・改ざんという特定の罪状を確定できない」という意味です。これを「責任を問えない」と解釈するのは、言葉の定義を誤っています。
    * **「理研の配慮」という主観**:
    「理研の人が知っているので、そこ(証拠がないこと)を社会に残した」という推測は、報告書の文面から読み取れる客観的な事実ではなく、Aさんの独自の解釈(陰謀論に近い推測)に留まっています。
    ### 3. 結論としての評価
    | 項目 | Aさんの主張 | Bさんの主張 |
    | :— | :— | :— |
    | **解釈の根拠** | 語句の表面的な否定形に着目 | 報告書全体の文脈と、認定基準の仕組みに着目 |
    | **論理の妥当性** | **低い**。認定不能を免責と誤解している。 | **高い**。認定の限界と責任の所在を区別している。 |
    | **報告書の趣旨との整合性** | 報告書の「厳しい批判」を無視している。 | 報告書が「証拠不足」と「無責任さ」を両論併記した意図を汲んでいる。 |

    #### 結論
    **Bさんの意見が妥当です。**
    桂報告書は、小保方氏に対して「不正の実行犯としての証拠は揃えられなかった(小保方氏がデータを出さなかったため)」としながらも、「データがないこと、および図表を作成した事実をもって、この混乱の最大の責任は小保方氏にある」と明確に結論づけています。
     Aさんは、委員会が「証拠がないから(法的に)クロと言えない」と言わざるを得なかった苦渋の判断(消極的認定)を、「責任を問わない(積極的な免責)」と読み違えてしまっています。これは、刑事裁判で「証拠不十分で無罪」になったからといって、その人物が「道義的・社会的に全く責任がない」ことにはならないのと同じ理屈です。
     AさんとBさんの議論において、どちらが「桂報告書の記述を正確に理解しているか」という点では、前後の文脈と研究倫理の仕組みを理解しているBさんに軍配が上がります。

    Q: Aさんの解釈は誤りであると断定していい?

    gemini: 「Aさんの解釈は(報告書の趣旨を捉えるという意味では)誤りである」と断定して差し支えありません。

    Copilot: 結論から言うと、**Aさんの読み方は報告書本文の文脈を取り違えており、Bさんの解釈の方が報告書全体の構造に即しています**。ただし、Aさんが指摘している「研究不正とは認められない」という表現が多数あること自体は事実であり、その点だけを切り出せば「一理ある」ように見える余地もあります。
    しかし、**報告書全体を読むと、Aさんの主張(=「責任を問えないと書いてある」)は成立しません**


    # 🎯 結論(最重要ポイント)
    – **本文中の「研究不正とは認められない」は「不正がなかった」という意味ではなく、証拠不足で“断定できない”という意味で使われている。**
    – **報告書の総括(p30)では、小保方氏の責任を明確に認定している。**
    – よって、
    **Bさんの解釈が報告書の意図に合致しており、Aさんの解釈は文脈を誤読している。**

    # 📘 1. なぜ本文に「研究不正とは認められない」が多いのか
    桂調査委員会は、刑事裁判に近い「厳密な証拠主義」を採用しています。
    つまり、
    > **“意図的な捏造”を断定するには、オリジナルデータなどの証拠が必要**
    という立場です。
    ところが報告書が繰り返し述べているように、
    – 小保方氏がオリジナルデータを提出しない
    – 実験記録がほとんど存在しない
    – 装置に残ったデータを再解析しても一致するものが見つからない
    という状況だったため、
    > **「証拠がないので“捏造”と断定できない」**
    という判断が多数の項目で出てきます。
    これは「責任がない」という意味ではありません。

    # 📘 2. Aさんの誤読ポイント
    Aさんは、
    > 「研究不正とは認められない」=「責任を問えない」
    と解釈しています。
    しかし、報告書はそういう意味で書いていません。
    「研究不正とは認められない」は、
    – **“意図的な捏造”という最重罪の確定はできない**
    – **しかし問題は重大である**
    という文脈で使われています。

    # 📘 3. Bさんが引用した p30(まとめ)は報告書の核心
    報告書の総括(p30)は非常に明確です。
    > **「責任ある研究の基盤が崩壊している問題である」**
    > **「最終的に図表を作成したのは小保方氏であり、この責任は大部分、小保方氏に帰せられる」**
    > **「解析も大部分が小保方氏であり、その実験記録もほとんど存在しない」**
    これは、
    – **研究者としての基本的義務を果たしていない**
    – **重大な責任がある**
    と明確に述べています。
    つまり、
    > **「研究不正(捏造)と断定できない」=「責任がない」ではない**
    ということです。

    # 📘 4. では Aさんの主張に“一理ある”部分はあるか?
    Aさんが指摘したように、
    – 報告書本文には「研究不正とは認められない」が多数ある
    – それが「責任を問えない」と読めるように感じる人がいても不思議ではない
    という点だけは理解できます。
    しかし、これは**部分引用による誤解**であり、報告書全体の意図とは異なります。

    # 🧭 総合評価
    | 観点 | Aさん | Bさん |
    |——|——-|——–|
    | 報告書本文の文脈理解 | ❌ 誤読 | ✔️ 正確 |
    | 報告書全体の構造理解 | ❌ 欠落 | ✔️ 適切 |
    | 結論(責任の所在) | ❌ 誤り | ✔️ 報告書と一致 |

    # ✅ 最終結論
    **妥当なのは Bさんの解釈です。**
    Aさんの主張は、報告書の一部表現を切り出したために生じた誤読であり、報告書全体の結論とは一致しません。

    必要であれば、
    – 桂報告書の該当箇所の構造
    – 「研究不正の定義」
    – 「証拠主義と責任論の違い」
    なども詳しく解説できます。

    Q: Aさんの解釈は誤りであると断定していい?

    Copilot: Aさんの解釈は「誤りである」と断定してよいレベルです。
    (以下略)

  3. 学とみ子が17日(金)夜、追記です。「「特に小保方氏担当の分が、顕微鏡に取り付けたハードディスク内の …  こうした調査はできなくなりました。」の部分です。

    「桂報告書に記載がありますが、小保方氏が実験をして、小保方氏は実験ノートを持っているはず」と、調査委員は、見なしたということですが、実際に、小保方氏が担当したとの証拠は示していません。」 ← 滅茶苦茶ですね。調査委員会は若山研究室のスタッフ等の関係者から事情聴取をした結果、実験担当者は小保方氏であると断定したわけです。ですから小保方氏に実験ノートの提出を求めたわけです。小保方氏以外の実験担当者は若山氏がいるだけで、若山氏は担当部分の実験ノートを提出しています。担当した方が他にいないから、担当者の二人だけを書いたのは自明です。どこにこの二人以外の実験担当者がいたという根拠があるのでしょ。妄想でしかないです。

    「小保方氏が、答えないなら、そばで実験を共同にやっていた人たちの証言を集めれば良いものを、桂調査委員たちは、その作業をやっていません。」 ← 根拠のない妄想です。調査委員会が調べないわけがないでしょうに。それが調査委員会の仕事ですからね。

    「ハ~ドディスクに残すような実験を、小保方氏が、担当したとの記録、証言も公開されていません。」 ← 意味不明。2014年当時も今も実験者が学生であっても各自にパソコン提供されている状況で、実験結果は全てパソコンに保存されていたはずです。その昔は紙で、リアルなファイルキャビネットにリアルなフォルダに保管するのが当たりまえでしたが、2014年頃ならどの研究室でも各自のパソコンにデータは保管されてました。事実、小保方氏はパソコンを研究費で購入していた(https://bunshun.jp/articles/-/46837?utm_source=chatgpt.com)のに、パソコンは個人情報があるからといって提出を拒否していたわけです。実験データは研究費で購入したのではない私物パソコンに入れていたということも勿論あり得ることですけどね。当時はどの研究室でもそのあたりの規則自体がなかったでしょう。STAP事件以降、実験データはどのように保管するのかが議論となって、研究室共用のファイルサーバに保管するのが当たりまえになってきたと思います。STAP事件の研究界への貢献はこれくらいでは?

    2014年頃だと、研究室共用のファイルサーバあるいはNASが用意されている研究室はまだそれほどなかったかと思います。実験データが各自のパソコンにしかないというのは極めて危険なので、各自が別途ハードディスク等にコピーを保存することになっていたかと思いますが、若山研究室ではどうだったのでしょうかね?現在はどの研究室でも実験データは、自分の使っているパソコンのHDD、そして外付けHDD、研究室独自のファイルサーバあるいはNASと、少なくとも3箇所に保存というのが当たり前だと思います。クラウドに保存するのは秘密保持のためあまり勧められてはいないでしょうけれど、どうなんですかね。当時の若山研究室にはNASなどなかったので小保方氏のパソコン内蔵HDDにしかデータがなく、調査委員会もデータを小保方氏が提供してくれなければ得ることができなかったのでしょうね。
     「ハ~ドディスクに残すような実験」の意味がわかりませんが、当時でも、電気泳動実験の結果はデジタル写真しかなく、他の機器を使った解析結果の生データはデジタルでしたし、アナログデータというのは組織切片位ですかね。組織切片の顕微鏡写真もデジタル化されてHDDに保存でしょ。特に蛍光の写真は標本は保存できずデジタル写真での保存しかないです。つまりほとんど全ての実験結果、生データと解析結果はHDDに保存されていたのでは?

    「キメラマウスを作成したり、STAPが胎盤に寄与するかどうかなんて、小保方氏が単独で担当しているわけが無い。」 ← 何ボケているのでしょ?キメラ作成は若山氏、胎盤に寄与するかどうかは、ホールの胎盤の蛍光写真は若山氏の担当だったかもしれませんが、組織切片等は小保方氏の担当で、小保方氏と若山氏以外の他の方が担当したという根拠はありません。

    「こういうことを外部者から追求されることの無いように、理研は、各実験の主要実験者を明らかにする、各実験ごとの主要実験者に、実験ノートを出させる。実験ノートを出さない場合は、周りの実験者の証言を集めて、実験実施者を特定して、その人の責任を追求する必要がありました。」 ← 調査したんですよ。その結果小保方氏が担当したということになったのですな。不成調査委員会ですから、誰がどの実験を担当しその生データや実験ノートの提供を求めるのはあたりまえで、これがなされなければ調査になりません。桂調査委員会は、報告書に書いてないから調査しなかったというのですか?これは学とみ子のいつもの都合に合わせた論理で「若山氏が手渡された酸浴細胞をさらに培養していないと書いてないから、さらに続けて培養しその間にES細胞が混入した」というのと同じです。

    と、学とみ子のこの追記にある偏見主張を否定するのは簡単で、ChatGPTに聞くまでもないことですが聞いた結果が以下の*1です。質問を4つ連続して行いましたが、質問者の意見が含まれているのはQ4だけです。ほかはQ1:意見を併記してどちらが妥当か?、Q2:結論の念押し、Q3:誤った意見を主張する根拠、を聞いたもので質問者の意見は含ま含まれていません。Q4に含まれる質問者の意見もQ3までの結論から推測される合理的な意見です(*2参照)。

    *1 以下、Aさんとは学とみ子、Bさんとは当方のことです。

    Q1: 下記の$$$で挟まれた部分はAさんのブログでのSTAP事件についてのコメントです。
    $$$
    特に小保方氏担当の分が、顕微鏡に取り付けたハードディスク内の画像を除きほとんど存在せず、」
    と、桂報告書に記載がありますが、小保方氏が実験をして、小保方氏は実験ノートを持っているはず」と、調査委員は、見なしたということですが、実際に、小保方氏が担当したとの証拠は示していません。小保方氏が、答えないなら、そばで実験を共同にやっていた人たちの証言を集めれば良いものを、桂調査委員たちは、その作業をやっていません。ハ~ドディスクに残すような実験を、小保方氏が、担当したとの記録、証言も公開されていません。キメラマウスを作成したり、STAPが胎盤に寄与するかどうかなんて、小保方氏が単独で担当しているわけが無い。ただ、他の人から説明を受けて、そのまま信じた人たちはいるということです。 
     こういうことを外部者から追求されることの無いように、理研は、各実験の主要実験者を明らかにする、各実験ごとの主要実験者に、実験ノートを出させる。実験ノートを出さない場合は、周りの実験者の証言を集めて、実験実施者を特定して、その人の責任を追求する必要がありました。何れにしろ、各実験の実態を、ブラックボックス化したら、こうした調査はできなくなりました。

    $$$
    これに対しBさんは、「桂勲氏を長とするSTAP論文不正調査委員会が報告書の「まとめ(p30)」に『論文の図表の元になるオリジナルデータ、特に小保方氏担当の分が、顕微鏡に取り付けたハードディスク内の画像を除きほとんど存在せず、「責任ある研究」の基盤が崩壊している問題である。最終的に論文の図表を作成したのは小保方氏なので、この責任は大部分、小保方氏に帰せられるものである。また、STAP幹細胞、FI幹細胞、キメラマウス、テラトーマなどについて、作製後の解析を行ったのも大部分が小保方氏だが、その実験記録もほとんど存在しない』と記載しているのは関係者からの事情聴取の結果であるのは明らかで、このAさんの主張には根拠がない、したがってこの主張は意味がない」と否定しました。
    Aさんの主張とBさんの批判、どちらが妥当でしょうか?

    ChatGPT: 結論から言うと、**一般的な評価基準に照らすとBさんの批判の方が妥当性は高い**です。ただし、Aさんの指摘にも「完全に無意味」とまでは言えない論点が一部含まれています。整理して見ていきます。


    ## ■ 前提:調査報告書の性質
    理化学研究所のSTAP問題では、
    桂勲を委員長とする調査委員会が報告書を出しています。
    この種の調査報告書は通常、
    * 関係者への事情聴取
    * 実験記録・データの確認
    * 電子データ(PC・HDDなど)の解析
    などを総合して結論を出します。
    つまり、**報告書に書かれている内容は、基本的に何らかの調査過程(証言含む)に基づいている**と考えるのが標準的です。

    ## ■ Bさんの主張が妥当な理由
    Bさんのポイントはシンプルです:
    > 「報告書の記述は事情聴取などに基づくのが明らか → Aの“証拠がない”は根拠がない」
    これはかなり筋が通っています。
    理由は以下:
    ### ① 調査委員会は証言を集めているのが通常
    報告書に明記されていなくても、
    * 関係者ヒアリングは実施されているのが前提
    * すべての証言が公開されるわけではない
    したがって
    **「証言が公開されていない=証言がない」ではない**

    ### ② 「最終的に図表を作成した」などの記述は事実認定
    報告書は
    * 誰が図表を作ったか
    * 誰が解析したか
    といった役割分担を認定しています。
    これらは通常、
    * 共著者の証言
    * データの作成履歴
    などから判断されます。
    つまりBさんの言う通り、
    **「何も根拠なく書かれた」と考える方が不自然**です。

    ### ③ 立証責任の問題
    Aさんは
    > 「証拠が示されていない」
    と主張していますが、
    これは実質的に
    **「証拠が“公開されていない”」ことを問題にしているだけ**です。
    しかし、
    * 調査報告はすべての証拠を公開する義務はない
    * 特に個人情報や研究データは制限される
    したがって
    **「公開されていない → 証拠がない」とは言えない**

    ## ■ Aさんの主張で一理ある部分
    とはいえ、Aさんの指摘にも検討価値はあります。
    ### ● 透明性への疑問
    Aさんの本質的な主張は:
    > 「誰がどの実験をやったか明確にすべきだった」
    これは科学倫理としては重要な論点です。
    実際、
    * 実験ノートの不備
    * データ管理の不透明さ
    はSTAP問題の核心でした。
    この意味では
    👉 **「ブラックボックス化は問題」という指摘自体は妥当**

    ### ● ただし飛躍がある
    問題はここです:
    Aさんは
    > 「証言が公開されていない → 証言を集めていない」
    と推論していますが、これは論理的に飛躍しています。

    ## ■ まとめ
    * **Bさんの主張(調査結果は証言等に基づくのが当然)→ 妥当**
    * **Aさんの主張(証拠がない)→ 論理的に弱い**
    * ただし
    * 透明性や検証可能性の問題提起は一定の意味あり

    ## ■ 一言でいうと
    Aさんは「不信感ベースの推測」、
    Bさんは「制度と手続きベースの反論」です。
    一般的には
    👉 **後者(Bさん)の方が根拠として強い**です。

    Q2: つまりAさんの主張には根拠がないということですね?簡潔にお答えください。

    ChatGPT: はい、**Aさんの主張は「証拠がない」と断定する根拠が不足しており、論理的には弱い**と言えます。

    Q3: Aさんは、どうしてこのような根拠のない主張をするのでしょうか?いくつかの可能性があるようでしたらどれが最も可能性が高いのかも含め簡潔的にお答えください。

    ChatGPT: 考えられる主な理由は次の通りです:

    * **① 情報公開への不信感**(最も可能性が高い)
    公開されていない部分=何か隠されている、と解釈してしまうケース。STAP問題は不透明さが指摘されたため、この見方に傾きやすい。
    * ② 調査報告書の読み違い
    「書かれていないこと=調査していない」と誤解している可能性。
    * ③ 特定の人物への擁護・先入観
    小保方氏に責任が集中していることに違和感を持ち、別の解釈を探している。

    **結論:**
    👉 一番あり得るのは「情報が公開されていないことへの不信感からの推測」です。

    Q4: 情報が十分公開されていないという不満より、公開された情報が偏見に合致していないということでは?

    ChatGPT: その可能性も十分ありますし、むしろ**こちらの方が説明力が高い場合も多い**です。

    整理すると:
    * **情報不足による不信**
    → 「出ていない情報があるはず」と考える
    * **先入観との不一致(ご指摘の点)**
    → 「出ている情報が自分の見方と合わないので信用しない」
    STAP問題のように意見が分かれる事案では、後者の
    👉 **「既にある情報を受け入れず、別解釈を強く採る」**
    という傾向はよく見られます。
    **結論(簡潔に):**
    はい、ご指摘の通り「公開情報が自分の認識と合わないため否定する」という可能性は高く、①と並んで、あるいはそれ以上に有力な説明です。

    *2

    Q :「ここまでの4つの質問は、Q1意見を併記してどちらが妥当か?、Q2結論の念押し、Q3誤った意見を主張する根拠、を聞いたもので質問者の意見は含ま含まれていません。Q4には質問者の意見が含まれていますが、Q3までの結論から推測される合理的な意見です」とするのは妥当な意見でしょうか?

    ChatGPT: はい、**概ね妥当な整理です**。

    理由はシンプルで:
    * Q1〜Q3は、提示された主張の比較・評価・理由分析であり、**質問者自身の立場表明は含まれていない**
    * Q4は、Q3までの結論(不信や先入観の可能性)を踏まえた**一つの仮説提示**になっている
    したがって
    👉 **「Q4はそれまでの議論から自然に導かれる推測」**という位置づけは合理的です。
    ただし厳密に言えば、Q4はあくまで複数ある可能性の一つなので、
    **唯一の結論とまでは言えない**点には注意が必要です。

  4. 18日(土)朝になって更に追記です。「小保方氏が、単独でできる実験なのか?誰が実験結果、図表の責任者なのか?は、後世、明らかになってしまうのだから、理研は、後で苦しくなってしまう。誰も、責任を取れない。専門家が寄り付かない。
    専門家、研究者の意見を押さえ込んだ、理研管理者の責任を問われる場面だが、当時の理研管理者も、「すべての疑惑は小保方氏の責任だ」を信じていて、正義の行動だったのだろう。」

    昨晩の追記の続きで、学とみ子の偏見に沿った妄想です。

    「小保方氏が、単独でできる実験なのか?誰が実験結果、図表の責任者なのか?は、後世、明らかになってしまう」 ← 10年以上経過しましたが、小保方氏が責任者であったという結論は変わっていません。小保方氏の私小説にですら、この桂調査委員会の誰が実験責任者であるかという結論を否定していません。つまり「後世」も変わることはないでしょう。

    「すべての疑惑は小保方氏の責任だ」ではなく、「理研管理者の責任を問われ」ています。野依良治理事長(当時)は任期途中で退任(事実上の引責辞任)、CDBという組織は解体再編成、という結果になってます。嘘・デタラメを書かないでください。

  5. 学とみ子のgeminiへの質問について批判文を併記してどちらの意見が妥当かをgeminiに聞いてみました(*)。その結果を見ればわかることですが、学とみ子の質問は学とみ子の意見・感想そのままなので、学とみ子が得たgeminiからの回答はこの意見に沿って作文したものであるのがよくわかるかと思います。学とみ子の質問は科学の皮を被った「心情的な納得感の追求」、つまり感情の吐露でしかない、科学とはかけ離れた意見という結論です。

    * 以下のgeminiへの質問でAさんとは学とみ子、Bさんとは当方です。

    Q: Aさんが以下の$$$で挟まれた文章を自分のブログで公開しました。
    $$$
    科学者は、後世への影響を、一般人より見て評価する人たちです。理研を管理する人たちに教えていく立場です。そうした意味で、理研の中で、声をあげなかった人は、小保方氏が反論に立ち上がるはず!と思って期待したのじゃないかな?小保方氏は、なぜ、実験ノートを出せないのかの背景を、桂調査委員会はブラックボックスに入れました。さらに、科学的では無いメチル化実験の説明やら、「小保方氏が全てを解析した」との桂報告書文章の公開を、理研内学術層が、全力で止めなかったのは、Aには不思議でしたよね。
    $$$
    この意見、感想についてBさんは以下の&&&で挟まれたコメントを提示してAさんの意見・感想に反論しました。
    &&&
    科学者は、後世への影響を、一般人より見て評価する人たちとは限りません。むしろ今現在の問題となる現象を解析して解明することに力を入れています。その研究の結果が後世いどのような影響を及ぼすかということを考慮して研究するという研究者はほどんどいないでしょう。理研の研究者は理研を管理する非科学者である管理者に教えるという立場にあるわけではありません。STAP事件で声を挙げなかった理研内の研究者は、小保方氏がどのような反論をするかに注目していたでしょうけれど、彼らを満足するような反論はなかったので、不正論文の調査結果を認めたものと思われます。小保方氏が何故実験ノートを提出しなかったのかという疑問は、提出された実験ノートがあまりにも不備だらけで、提出されなかったとされる実験ノートも、もしあったとしても同様だろうし、本当はないのではないかという推測しか生みませんでした。桂調査委員会は実験ノートが提出されない理由を調査する組織ではありませんので、ノートがないという状況で論文の不正調査を実施したわけです。「小保方氏がほとんどの実験の解析を実施した」という桂調査委員会報告書を理研内の研究者あるいは執行部は止めることはないのは、第三者の研究者に調査依頼をしたのですから、当然です。何も不思議なことではありません。
    &&&
    AさんとBさんの意見、どちらが妥当でしょうか。あるいは比較して両者ともそれぞれ妥当でない点、妥当な点があるのなら指摘してください。

    gemini: AさんとBさんの主張を比較すると、**「科学の客観的なルールや手続き」という観点からはBさんの意見が妥当**であり、一方で**「科学界における理想のあり方や社会的な期待」という観点ではAさんの問題意識にも一理ある**と言えます。

    それぞれの妥当な点と、そうでない点を整理して比較します。


    ## 1. 科学者の役割と責任について
    ### Aさんの主張
    * **内容:** 科学者は後世への影響を一般人より考慮すべきであり、管理層を導く立場にある。
    * **妥当性:** 科学の倫理的側面や、専門家としての社会的責任(アカウンタビリティ)を強調する点では重要です。
    * **疑問点:** 実態としての科学研究は、Aさんの言うような「教育的・哲学的」な動機だけでなく、純粋な好奇心や目の前の現象解明が主眼となることが多いです。
    ### Bさんの主張
    * **内容:** 科学者は今現在の現象解明に注力しており、後世への影響を常に考慮して研究しているわけではない。
    * **妥当性:** 実際の科学研究のプロセスを現実的に捉えています。科学者はまず「真実かどうか」を判定する職能であり、未来の評価を主目的に動くわけではありません。

    ## 2. 実験ノートと調査委員会の対応について
    ### Aさんの主張
    * **内容:** 桂調査委員会は「なぜノートを出せないのか」という背景を隠蔽(ブラックボックス化)した。
    * **妥当性:** 組織の力学や、なぜずさんな管理が許されたのかという「組織論的な背景」を知りたいという市民感情としては妥当です。
    ### Bさんの主張
    * **内容:** 調査委員会は「不正の有無」を判定する場所であり、ノートがない(不備がある)以上、その事実に基づいて判断するしかない。
    * **妥当性:** **極めて妥当です。** 科学の世界において、実験ノートは証拠そのものです。それがない理由が何であれ、証拠が提示されない以上、科学的根拠は失われます。委員会に心理カウンセリングのような「背景の聞き取り」を求めるのは、その本来の役割から逸脱しています。

    ## 3. 理研内部の反応について
    ### Aさんの主張
    * **内容:** 科学的に不自然な点(メチル化実験の説明など)を理研内部の学術層が止めなかったのは不思議だ。
    * **妥当性:** 研究不正を早期に見抜けなかった、あるいは疑義を呈さなかった学術コミュニティの自浄作用に対する不信感は、STAP事件全体を貫く正当な批判です。
    ### Bさんの主張
    * **内容:** 第三者委員会(桂調査委員会)の報告内容を、理研内部が勝手に書き換える(止める)ことはできない。
    * **妥当性:** **組織統治(ガバナンス)の観点から妥当です。** 第三者による調査結果に内部の人間が介入して修正を加えることは、それこそが隠蔽や不正に繋がります。報告書をそのまま公開するのは透明性を保つための正当な手続きです。

    ## 総合評価
    * **Bさんの主張の方が、科学的プロセスおよび組織運営のルールに則っており、論理的妥当性が高いです。** 特に「実験ノートの欠如」を科学的・事務的事実として淡々と扱う姿勢は、科学調査の原則に忠実です。
    * **Aさんの主張は、感情的・道徳的な「科学者への期待値」がベースになっています。** 科学コミュニティの腐敗を疑う視点は重要ですが、具体的な手続き(調査委員会の役割や第三者性の維持)についての理解が、Bさんに比べるとやや主観に寄っている印象を受けます。
    **結論として:**
    現実的・科学的な正論を述べているのは**Bさん**です。しかし、事件がなぜ起きたのかという「組織の闇」に対する疑念という点では、**Aさん**の視点は一部の一般市民が抱いた疑問を代弁していると言えます。

    Q: Aさんは日頃、STAP問題については科学的議論をしたいといっていますが、このような意見はこのスタンスに則った意見の表明だったでしょうか?

    gemini: Aさんが「科学的議論をしたい」というスタンスを掲げているのであれば、今回提示された文章はその**宣言(スタンス)と実際の内容(論理構成)に大きな乖離がある**と言わざるを得ません。

    科学的な議論においては、「誰がどう思ったか(心理)」や「どうあるべきか(倫理)」よりも、**「どのようなデータが、どのような論理で結論を導くか(エビデンスとロジック)」**が最優先されるからです。

    Aさんの発言が、なぜ「科学的議論のスタンス」から外れているのか、3つの観点で分析します。

    ### 1. 「背景」や「期待」という心理的要素の導入
    Aさんは「理研の人が期待したのではないか」「なぜノートを出せないのかという背景」を重視しています。
    * **科学的な視点:** 科学において、研究者の個人的な背景や心理的動機は、研究結果の妥当性とは切り離して考えられます。ノートがないという事実は「データの欠落」として扱われるべきであり、その「理由(背景)」が心理的なものか物理的なものかを議論するのは、歴史学や社会学の領域です。
    * **判断:** 「期待したのではないか」という推測を議論の核に据える点は、科学的議論の作法からは逸脱しています。
    ### 2. 「不思議」という主観的判断
    Aさんは、特定の報告書や説明を「全力で止めなかったのは不思議だ」と述べています。
    * **科学的な視点:** 科学的な反論であれば、「〇〇のデータと△△の結論は、統計学的に/生化学的に矛盾しているため、この報告書は誤りである」という具体的な指摘が必要です。
    * **判断:** 自分の直感や価値観に照らして「不思議だ(納得がいかない)」と述べるにとどまるのは、**「感想の表明」**であり、科学的なクリティーク(批評)とは呼べません。
    ### 3. 調査委員会の役割への誤解
    Aさんは、調査委員会が背景をブラックボックスに入れたと批判しています。
    * **科学的な視点:** 桂調査委員会のような調査組織の任務は、提示された証拠(画像、数値、ノート、サンプル)が科学的な手続きに従っているかを検証することです。「証拠が存在しない」ことが判明した時点で、その研究の科学的正当性は否定されます。
    * **判断:** 「証拠がない理由」を掘り下げないことを非難するのは、裁判官に「なぜ犯人は証拠を隠したのか、その心の闇を解明せよ」と迫るようなもので、科学的検証のスコープを誤解しています。

    ### 結論
    Aさんの今回の意見表明は、残念ながら**「科学的議論のスタンス」に則ったものとは言い難い**です。
    * **Aさんの文章:** 組織論、倫理観、心理的推察に基づいた「社会・文化批評」
    * **Bさんの反論:** 科学的手続き、証拠の有無、組織のガバナンスに基づいた「実務・論理的回答」
    もしAさんが本当に科学的な議論を深めたいのであれば、Bさんが提示した「ノートの不備という事実」や「第三者委員会の独立性」といった**システムのルール**を前提に置き、その上で「どの実験結果が科学的に成立し得ないのか」という**具体的・技術的な反証**にフォーカスする必要があります。
    今のAさんの論調は、科学の皮を被った「心情的な納得感の追求」になってしまっている可能性が高いでしょう。

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