仮説に沿った実験を行い、論文を書く、学会発表のスライドやポスター発表の図を作るとき、ここに、このようなデータ(図)が必要だとするのは当たり前だ。仮説を支持する証拠の図は発表時点で存在するのが当たり前だ。なければ発表できないからな。
そのため、論文の下書きの際に、発表済の論文の実験データを切り貼りして仮置きにするというのはありえない。NHKのクローズアップ現代で、東大の加藤の論文捏造の過程を放送している。リンクはYoutubeだからそのうちなくなるかも。
このような、仮置きの図を誤ってそのままで投稿したと言い訳するのが多い。これはありえない。仮置きする図は、あったとしても手書きのメモだ。何故あえて時間をかけて昔の電気泳動の写真を綺麗に切り貼りする?そんな面倒なことはしていられない。だから、はっきりしている。過失ではなく、見栄えをよくするための改鼠、無いデータを創作する捏造だ。いいわけは嘘だ。
仮説を証明する図は、たいてい複数あるわけで、そのうちどれがいいかという議論はする。そのうちのどれか一つを仮置きすることはある。論文投稿準備の最後に、この図のここがきちゃないけど、他の例はある?こっちのほうが平均値よりちと反応が大きい・小さいけど誤解を招くようなゴミがないから論文の図に使おう とかはある。
証明しようとした実験から、証明する証拠が得られない図だったら、仮説が誤りであることを悟るわけだ。だから実際のデータを仮置きすることはあっても、想像の図を作成することはない。作成しても鉛筆書きとかだ。小保方の博士論文のように、他所様のサイトの図をコピペするなんてありえない。
管理者の分野では、電気泳動の写真はないが、同じ実験を異なった個体で10も20も実施する。その結果をすべて1枚の模造紙に貼り付ける、A3版に印刷してセロテープでつなげる、などして壁一面に貼るわけだ。もちろんいろいろな計測も行い、平均値を求めておくのだ。そして、その平均値から、もっとも典型的と思われる反応の図を選ぶわけだ。これは論文を書く前の実験データがかなり集まった時点での話だ。それ以前では、こんな結果になるのでは?という絵を議論でホワイトボードに書いたりすることはあっても、論文の絵にすることはありえない。
得られた結果が必ずしも同一でないことだってある。どっちが正しいのか議論するわけだ。どっちも事実なわけで、どっちも正しいのだが、なぜこうなっちゃたかを、この実験はxxという条件で行っなってしまったとか、実際に実験をした学生と議論するわけだ。
「Education」カテゴリーアーカイブ
1年経過して
始めSTAP細胞のニュースを聞いて、思ったことは「そんな馬鹿な」だった。管理者の頭は、ジジイだから昔に習った生物学が基本で、その後の発展を系統だって重ねて構築された知識で埋まっているわけではない。
管理者の頭にあったのは、動物と植物の決定的な違いは脱分化の可否だったのだ。だから、STAP細胞のニュースを聞いて、あらま、ES細胞の混入じゃないの?とは思ったわけだが、誰もが考えることがES細胞の混入だから、Natureの査読者もチェックしているにちがいない、だとすると、スッゲーなと思ったわけだ。
んで、すったもんだして、ES細胞を使ったインチキだったことが判明したわけで、なんだかな、管理者が通学の時に地下鉄で読んでいた岩波の生物学講座だったっけ?=教科書なんかなかったからね=から、進歩したんだろうけど、誰も制御できない世界になっちゃったんだね。管理者が読んだころの論文には捏造がないという前提で、お互いに、そのデータは事実として議論できたんだよね。
金が絡むから、訳のわからない人が紛れこんで、それぞれがうまい汁を吸えるのではないかということになった結果なんだろうね。
パーソナリティ障害の問題
第50回作業療法士国家試験問題 午後47
作業療法中に簡単な作業であっても頻回に助言を求めるのはどれか。
1. 依存性パーソナリティ障害
2. 演技性パーソナリティ障害
3. 妄想性パーソナリテイ障害
4. 非社会性パーソナリティ障害
5. 自己愛性パーソナリティ締害
正解 1 解説するまでもないでしょ
さすがに
STAP細胞問題の中心人物の精神障害はどれか。
1. 依存性パーソナリティ障害
2. 演技性パーソナリティ障害
3. 妄想性パーソナリテイ障害
4. 非社会性パーソナリティ障害
5. 自己愛性パーソナリティ締害
正解 5
精神科医の解説:ドラマ人格の時代?小保方氏と自己愛パーソナリティ
というのは出題されないか。判定もどうやら人によって違うようだから、不適切問題になっちゃうかもね。
コピペレポートの結果 他の大学では
東大教養学部であるレポートの75%がコピペだったそうな。
期末レポートにおける不正行為について
本学部後期課程において、平成 26 年度冬学期の期末の課題として提出されたあるレポートの文章の約 75%が、インターネット上に公開されている文章からの引き写しであることが判明しました。言うまでもなく、他人の文章の無断借用は剽窃であり、その行為が学問倫理上許されないことは明らかです。教養学部では、前期課程・後期課程ともに「成績評価に関わる試験やレポート作成において、不正行為が認められた者(協力者も含む。)は、その学期に履修した全科目の単位を無効とする」という申し合わせをおこなっており、学生の皆さんへの配布文書にもその旨明記してあります。今回もこれに基づき、厳正な処置をとったことを周知いたします。
今回、こうした不正行為が発見されたことは大変遺憾なことです。今後はこのような事案が二度と起こらないよう、学生の皆さんは学問的倫理を十分に自覚して勉学に励んで下さい。
平成 27 年 3 月 10 日
教 養 学 部
あっちの大学で、同じようにしたら、何人、引っかかるかな。コピー元も同じ処分だから毎年必ず2名はいる。かなり強く警告してもだ。該当実習の評価を0点にしているだけだ。このくらいの大きな処分にしないとだめかな。
ずんずん運動
首も座らない乳児の首を捻って、死亡させ逮捕されちゃったNPO法人元代表というのがいる。ずんずん運動というらしい。ひどいね、しかしこの容疑者は、看護師等の資格が一切なく、「子育ての免疫学 単行本 – 2004/7/6 姫川 裕里 (著), 安保 徹 (編集)」という著書がある。でこの運動を行うと免疫力が高まると主張しているのだが、その根拠がこの安保 徹という新潟大学医学部教授の教えだ。この安保徹という先生の著作の一覧にはこの姫川 裕里の本はでていない。この著作一覧をみると「「白血球の自律神経支配」の法則」なんて言葉がでてくる。げげげ。そんな法則なんか聞いた事はないぞ。「ガンもアルツハイマーも高血圧もアトピー性皮膚炎もどんな病気も同じ原因から発症していた。すべての病の原因は自律神経の乱れにある。」だって。あーひどい。「新がん革命」では船瀬 俊介というインチキ野郎のコメントがある。「史上最強図解 安保 徹のこれならわかる! 免疫学 ナツメ社」というのも出している。あーこのナツメ社のシリーズには管理者の生理学がある。いやだな、こんな連中と一緒にされるのは。そんで、この安保徹とつるんでいるのが福田稔医師というひとでたった74歳で肝不全でなくなったらしい。このページを見ると松井良業という人が「春ウコン療法 癌は感染症であり、春ウコンで抑えられると言う20年に渡る研究」を実施しているらしい。福田稔医師というのは気血免疫療法というのを主催していたらしく、気血免疫療法士なんていう資格をでっち上げている。
このようなトンデモ医療のページをたぐっていたら、「エナビューティスト河村直子」というカイロプラクティックをやっているらしい人ページにぶち当たり、「カイロプラクティックは、予防医学であり、対処療法ではありません!」とか「自律神経、運動神経、交感神経、副交感神経、全ての神経を正常に機能させることで体の中の情報伝達が全てうまく行き、それではじめて子どもはその能力を発揮できるのです。」なんて表現している。これもひどいね。カイロプラクティックは医学じゃない。自律神経と運動神経を並立させているし(本来は自律神経と体性神経とすべき)、自律神経と交感神経、副交感神経を並立して記述するのはあまりにもひどい。わかるよね、理学の2年生諸君。自律神経が交感神経系と副交感神経系にわかれるんだから、並立して記載してはいけないんだよね。解剖学も生理学もなんも知らないでいい加減なことを言っている。
理学療法の国家試験が終わった
理学、作業の国家試験が終わって、学生が業者の作った正解例をもとに自己採点した結果が教員に配布された。学生の自己採点というのが当てにならない、さらに業者の正解例も当てにならない、その上さらに厚労省が問題のミスを認めカウントしないなんてことがある。しかしそれしかデータがない。彼らが管理者が最初に教えた学年なので、1年生のときの生理学の試験の結果がある。国試の点数との相関を調べることができる。1年生の生理学は国試対策の科目ではないから相関がなくてもいいのだが、ないというのはおかしいだろ。

相関係数が0.55だ。ま、そこそこ相関がある。こんなもんだろ。これが相関がないとなったら、国試に役に立つ生理学にしろと公式には言われないけど圧力がでてくるかもしれない。私立大学だからね。もし相関係数が0.9 なんて値だったら。どんどん落とせ、そしたら大学の合格率が100%になるということになる。どっちでもないから、今後は、いままでの方針でいいんだろ。1学年だけだけど、1年生の生理学が平均点以上をとり、その後順調に行けば国試も合格するだろう、平均以下の何人かは国試に失敗するだろう、ということかな。
アンケートに答えると景品が当たる
アンケートに答えるとクオカードが当たる、というのはよくある。管理者は、当たるではなくて答えたら必ずくれるというのには答えている。回答者全員に1000円の図書カード10枚なんていう景気のいいのがあったこともある。こういうのは特別なターゲットの場合で、多くは500円程度だろ。
国試過去問の問題とその解答・解説をメーリングリストで配信するサービスを3年間続けてきた。1年間、生理学、解剖学、運動学分野で、それぞれ200問、合計600問を配信するのだ。毎週送付するわけだ。すごいね。力ずくで合格率を上げてやるという意気込みだったのだが、効果はよくわからない。
本年度はもうすぐ国試だから、終了した。このシステムが良かったか、役に立ったか等を答えてもらうようなアンケート用webページを作った。4年生だけでなく2,3年生も含めて総計450名以上に送付しているのだが、アンケートに答えてくれたのは、今日現在で、わずか73名。この過去問の送付システムはあまり効果がないと判断すべきなのかな。教員側にとっては毎週5問を選びその正解と解説を作成するというのはかなりの負荷だ。カリキュラムにあるわけではない。ボランティアなのだ。
アンケートの回収率を上げるため、抽選で1000円の図書券があたるとしたが、どうやら意味がないようだ。景品(incentive)の有無・大きさと回収率に関係はないというレポートがある。
Academic Research on Use of Incentives in Surveysという記事があって、その中にThe Impact of Lottery Incentives on Student Survey Response Rates Stephen R. Porter and Michael E. Whitcomb Research in Higher Education, Vol. 44, No. 4, August 2003 という論文が引用してあって、

「Our results indicate that more is not better: increasing the size of the prize did not result in a linear increase in response rates. 」訳すと「結果はご褒美の大きさは回答率の増加に直線的に結びつかないことを意味している。」この表の値を見ると3回の催促のあとでも、ご褒美の額(0〜200ドル)に関係なく15%前後だ。現在の回答率 73/450=16% だからよく一致している。200ドル=2万円だぜ。それでも回答率は、ご褒美なしと大して変わらない
1000円の図書券が抽選で当たるというのは餌にもならないんだ。そういえば、去年も同じ景品にしたのだが、3名の当選者の名前を公開したんだけど、一人はついに取りに来なかった。景品になってないんだ。
自分の行動を見れば、わかるね。1000円の図書券だったら、後で答えよう、ということにして忘れちゃうな。答えた人全員が当たるとしたらもっと増えるだろうが、そんな金はない。用意した図書券は、管理者がなんかのアンケートに答えて手に入れたものだからな。
解答用紙が足りない
その1
スタッフの少ない学部、学科なので、昔の一般教養科目相当の数学とか物理とか心理学とかは非常勤の先生にお願いしている。普通の私立大学だ。大学の経費は人件費の塊だから給与の低い非常勤講師で大学経営がなりたっているのだ。非常勤講師担当科目の定期試験は、担当の先生が実施することもあるが、常勤の教員が代わって行うことが多い。試験実施教室が複数になったりするからだ。
試験監督を常勤の教員に割り当てるのは、教務が学科当たりx人を集めろと指示を出すことになる。学務担当教員は、教員に命令できる権限もないから、全教員に空いている時間があったら担当してほしいと連絡するのだ。ローテーションで命令にしてもいいのにと思うのだが、そうはやってない。
普通の大学だと、こういう役目は教授に来ることはなく、助教とかに割り当てられるのだが、なんせスタッフが少ないから、依頼があったら、そして時間が開いていたら手を上げることにしている。負担は公平にだ。
手をあげたら「なんとか心理学」の試験監督の依頼が来た。試験監督は1名だ。実施した。管理者の所属する学科の1年生への試験で、選択科目なので選択していない学生もいる。100名中の8割近くの学生が選択している。同じ学科だからだいたい学生の顔はわかっている。
試験監督依頼には、欠席者の届け出を記載する紙もない。何名が受験者かが書いてある封筒とその中に、座席表、試験問題、解答用紙 があるだけだ。封筒には解答用紙の回収は学籍番号順にしろとの指示が書いてある。
試験問題と解答用紙を配布して、座席表を見て、欠席者がいないことを確認した。80名近くの学生が解答用紙を提出するわけだが、ひとつの束にしたら、学籍番号順に並べるのが大変だ。だから11ケの机を用意し、学生番号の十桁目ごとに机を指定して、解答用紙は該当の机に置いて、退室しろと学生に命じた。開始から30分経過したら退室していいので、学生はバラバラに出て行く。誰が、ちゃんと提出して退室したのかは、最初のうちと最後はいいが、途中は学生数が多くてモニターできない。で各机毎に解答用紙を学籍番号順に並べ、更にまとめたわけだ。選択科目なので揃えた学籍番号は途中が飛んでいる。指示もないから回収した解答用紙の枚数は数えず、束にして、事務の担当者に渡した。担当者はそのまま封筒に入れて、金庫に保管し、非常勤の先生に渡したわけだ(郵送だったのかもしれない)。
非常勤の先生から解答用紙が1枚足りないという連絡が来て大騒ぎになった。
足りなくなった原因は;
1)試験監督である管理者が出席者のカウントをミスしたため、1名の欠席者を見落とした、
2)学生全員が提出したのだが試験監督である管理者がミスで解答用紙1枚をどっかにすてちゃった、
3)学生が解答用紙を提出しないで退室した、
4)事務処理の途中で1枚どっかに紛失した、
5)採点者である非常勤講師が採点中2枚同時にめくっちゃったので解答用紙がないと判断した
のどれかだ。1)〜3)は試験監督を実施した管理者に責任がある。
解答用紙がないとされた学生の座席表を見たら、もし欠席していたらすぐ気がつく場所だった。一番後ろとかだとミスカウントする可能性があるが、途中の席なので、欠席していたらすぐわかる席だ。記録がないから、記憶だけになってしまうので1)の可能性がないわけではないが多分違うだろう。回収したとき事務には口頭で欠席者なしと伝えた。これは事務も確認している。
2)は多分ない。機械的に行ったからだ。余った解答用紙とかに混ざった可能性はないだろう。学籍番号順に揃えた。該当する解答用紙は最初でも最後でもないからだ。しかし、枚数を確認していないから、可能性がないわけではない。
3)これはありうる。しばしば学生は解答用紙を提出せずに誤って問題用紙を提出するからな。現に、今年、他の科目で、解答用紙を提出しなかった学生がいて、当日気がついたので学内放送で学生を呼び出し解答用紙を回収したことがあったらしい。回収した解答用紙の枚数を管理者が確認していないから、可能性がある。管理者が講義で実施している小試験も解答用紙を提出しない学生がときどきいて、次の実習のとき持ってくるやつがいるからな。
4)これは2)と同じで多分ないだろう。一番上あるいは最後の解答用紙でないからだ。
5)これもありうる。しかし、非常勤の先生は確認したと言っているので、事務の方からもう一度確認してくださいとは言えない状況だ。
事務と管理者が考えられる原因とその対応を考えていたのだ。学生にちゃんと出したのか?と聞くのはまずい。出したといわれたらこちらで確認できないので聞くわけに行かない。こちらが紛失したのにCとかDの評価はつけられない。だからといってAにするわけもいかない。追試。再試をお願いするわけにもいかない。私立大学で再試は1回2000円と有料なのだ。だから無料の再試にするかとか議論した。こういうオタオタ状況が昨日夕方から続いていたのだ。
特に管理者にかなりの責任がありそうだ。枚数を確認しろとの明確な指示は受けていないが、大学教員として当然といえば当然だからな。また受け取った事務も枚数を確認する必要がある。そうでないとどこに原因があったかわからなくなるからな。
というわけで、非常勤の教員は該当学生の評価をDにしてしまった。なんせ解答用紙がないから0点にするしかないというわけだ。困ったということになった。学生が何故Dだと聞いてきたら答えられない。あーどうしよう、と管理者と教務がオタオタしていたのだ。
11時すぎ、非常勤の先生から電話で、解答用紙があったと連絡があった。くっそー。なんてこった。確認しろよな。一晩どうするか悩んだんだぞ。
教務と相談して、次回からは、担当教員が試験監督ではない場合は、欠席者と回収した解答用紙の枚数を確認し、試験監督に紙に記入させるようにすることにした。封筒に記入欄を設ければいいのだ。受け取った事務が枚数を確認する欄も作るのだ。
その2
こっちは、もっと深刻だが、管理者は関係があるがその責任はない。管理者は問題作成者で、作問したが、その問題の解答数と解答用紙の解答欄の数が一致していない、足りなかったのだ。作問者が解答用紙を用意するのではないから管理者に責任がない。これもオタオタして、もう一枚解答用紙を配布することで対処した。信じられないミスだ。あまり詳細に書くことはできない。
もう二度と生理学実習なんかやるもんか−2年目
さって、定期試験も終了し、実習の筆記試験の時にアンケートをとった。昨年と同じである。
A学科:
B学科:
昨年度と同じことを書くと
さて赤とオレンジの、もうやりたくないという学生の比率がかなり異なる。一方は 1/4 の学生が、他方は半分以上だ。つらい目にあったのがB学科だ。
実習内容と実習書は全く同一。A学科のほうが人数が多いので1班あたりの人数がB学科より多いことがあった、同じ実習室で実施するので空間の余裕はA 学科のほうがない=つまり悪い環境だった。
実習中の教員はA学科が管理者とN先生とTAのK君。B学科は半分のクラスが中年Hと管理者とN先生とTAのK君で、のこり半分のクラスが中年HとTAのK君で管理者とN先生は一部のみ(会議があるので途中まで)。
レポートの採点はA学科が管理者とN先生が、B学科は中年H。
つまりB学科は中年Hの影響がより多く反映していると考えていい。
ということは、生理学実習をもう二度とやるもんかという学生がB学科に多い原因は、おのずから…..
TVの医学番組
昨日の「みんなの家庭の医学」というたけしが出てくるTV番組に出てきた小林弘幸先生(順天堂大学 医学部 教授)の解説がひどかった。日本サッカーがアジアカップで敗退しちゃったから、8時以降に帰宅することになり、こんなインチキ番組を見る羽目になったのだ。
この番組紹介のサイトでは解説していないけど、血管は交感神経と副交感神経に支配されていて、副交感神経が活動すると血管拡張が起こるなんてトンデモを言っているだよね。この副交感神経が活動すると血管拡張が生じるというのは、一部の血管ではあり得るが、ほとんどの血管では、そもそも副交感神経支配がないんだからありえないことなんだよね。臨床の医者なんてこんな程度なんだよね。
自律神経支配を受けている内臓器官は二重支配であって、拮抗支配であるというのが、教科書の自律神経の最初にでてくることね。
心臓は交感神経により活動が亢進(心拍数が上がる、収縮力が増える)され、副交感神経である迷走神経により活動が抑制(心拍数が下がる)されるというのは正しい。つまり二種類の神経が支配していて(二重支配)その作用が互いに逆である(拮抗支配)というわけで、ものすごくわかりやすいわけだ。この関係をすべての自律神経支配を受けている器官に当てはめるからこういう誤った解説になる。
わからない現象を2つの対立した事象をもってその互いの量の変化で説明するというのは理解しやすいかもしれないが、実際はそうではないことが多い。
血管は交感神経しか支配しておらず、この交感神経がいつも、寝てても起きていても、活動しているわけだ。このいつもの活動(緊張性活動とか自発活動という)が減るから血管が拡張し血圧がさがる、いつもより多く活動するから血管が収縮する、血圧が上がるわけだ。
インチキ健康サイトでは、ストレスで交感神経活動があがるから、逆の作用のある副交感神経活動が優位になるようにリラックスするのがいいと解説する。これは間違いで、「リラックスは交感神経活動を減少させること」はいいのだが、必ずしも、副交感神経活動を増やすことではないのだ。
交感神経と副交感神経は一方の活動が増えるとき、他方の活動が減る(相反関係)ということになっているけど、どんな場合でもこの様に活動が変化するわけではない。これは心臓の交感神経と副交感神経ではしばしば当てはまるわけだが、心臓ですら、常に相反的なわけではなく、ましてや他の器官を支配する自律神経でも同様に活動が相反的であるわけではない。
この番組の後半の塩化物を多く含む温泉が冷え症に効果があるというあたりは、ヨッパになってきたからよく覚えていない。塩水のお風呂に効果があるんだろうか?
あるらしいが、風呂桶に15g程度の塩をいれ、でたらシャワーでながさないほうがいい。塩が体表面にコーティングするからだって。ドテ、ですな。塩水を刷毛で体に塗ったら?