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AI に聞いただけが議論なのかよ?

学とみ子がES細胞の混入につて「AIとの議論」と称してChatGPTと質疑した結果を記事にしました。「AI曰く 「混入」と言っても、科学的に見れば 「短時間の共存」か「完全置換」か、まったく違う現象。 どちらだったか(あるいはそもそも可能だったのか)については未解明。」という2025/10/03の記事です。

学とみ子はいつもですが、ChatGPTに質問し、回答を得るのですが、その回答についての学とみ子の反応、結論等がないのです。「ChaGPTに聞いたらこうだったよ」で終わって、だからどうなのかという記載がないのです。
 今回も同じですね。学とみ子の想いを質問に込めて、学とみ子の想いにそった回答を得ていますが、だからどうなのかという結論がありません。

ES細胞の混入が、共存か置換か取り違え・すり替えなのどれかだとChatGPTが答えているわけですが、学とみ子は若山氏は実体顕微鏡下で酸浴細胞とES細胞を区別できると言っている(*1)のですから、若山氏に不正行為がないとすると、置換と取り違え・すり替えは否定することになるはずです。ところがChatGPTの回答を提示するだけで、さらに突っ込んだ質問をすることがなく、そのままです。そしてこれを「AIとの議論」というのですから、お笑いです。

*1「肉眼でも顕微鏡でも、その分野の専門家であれば、一目瞭然です。若山氏もそうした確信がなければ、STAP研究に協力しません、STAPが特殊な形態であったことを見ているのは、若山氏だけではありません。」つまりSTAP細胞とES細胞はSTAP細胞が特殊な形態であったのを分かっているから若山氏は区別できたと学とみ子は2021/09/30 に言ったわけです。

学とみ子の言うようにES細胞は酸浴細胞と若山氏が区別できるのなら、「共存」ということになり、バラバラに混ざって共存したのではなく混ざって塊となって共存したことになるしかないのです。それ以外に酸浴細胞とES細胞が混在する形はないのです。

>学とみ子
学とみ子はどういう状態でES細胞が混在していたと考えているの?バラバラだったら区別できるのでしょ?
それとも若山氏がES細胞と知っていて胚に注入したと言うの?答えてちょうだい。

さらに学とみ子は「(桂調査委員会委員にES細胞の)専門家がいれば「混入という言葉の科学的な意味」を整理し、結論はもっと限定的になった可能性が高い。専門家が不在だったため、「混入=小保方氏が混ぜた」という単純化が進んだ。」とChatGPTに言わせて喜んでいるわけです。

はたして学とみ子の言うようにES細胞の専門家がいたら、不正調査委員会の結論がもっと限定的あるいは変わったでしょうか?ChatGPTに聞いてみましょ。

はい質問の結果は以下(*2)のように、ES細胞の専門家が調査委員会委員にいたとしても、結論が変わることはなく、多くの研究者が小保方氏が混入させたというのがもっとも合理的な推測であるとしていることには変わりがないだろうということになりました。

>学とみ子
ES細胞の専門家がいても結論はかわらないというのがChatGPTの回答です。学とみ子の考えは否定されました。根拠のある反論をどうぞ。

*2

Q: STAP論文事件で第三者の細胞生物学の研究者による研究不正調査が行われました。その結果、キメラ、STAP幹細胞、テラトーマいずれもES細胞由来細胞からなるという調査結果が得られ、結論としてSTAP細胞、STAP現象なるものはなかったと結論されました。どうしてES細胞からできたのかということについては、多くのサンプルが事故で混入した結果であるとは考えにくく、誰かが意図して混入した可能性が高いが、誰が混入したのかは、委員会に捜査権がないので不明という結論で終わりました。しかし、状況証拠から判断すると、混入させることのできるのは小保方氏であるとするのが最も合理的な推測であるとほとんどの医学、生物学分野の研究者は判断していると思います。この判断は調査委員会にES細胞の専門家がいなかったからで、専門家がいれば「混入という言葉の科学的な意味」を整理し、結論はもっと限定的になった可能性が高いとする方がいます。果たしてES細胞の専門家がいたら調査委員会の結論が変わったでしょうか?

ChatGPT: 良い問題提起ですね。STAP論文事件に関しては、最終的に「STAP細胞は存在しなかった」という結論が出たものの、「なぜES細胞が使われていたのか」「誰が混入させたのか」については不明のまま残りました。その中で「もし調査委員会にES細胞の専門家がいたら結論が変わったのか?」という点は、科学史や研究倫理の観点からも興味深い論点です。


### 1. 当時の調査委員会の結論の限界
* 委員会は**研究不正(捏造・改ざん・盗用)の有無**を調査する権限はありましたが、**刑事的な捜査権限はなく**、「誰が意図的に混入したか」を確定することはできませんでした。
* 結論は「STAP細胞は存在せず、使われていたのはES細胞である」「混入は偶然とは考えにくいが、誰がやったかは特定できない」というものでした。

### 2. ES細胞の専門家がいた場合に期待できたこと
* **混入の起こりやすさ/起こりにくさの科学的整理**
ES細胞は非常に増殖力が強いため、もし少量でも別の細胞培養系に入れば急速に支配的になることがあります。専門家であれば「微量混入が偶発的に起こる確率」「ラボ環境でのクロスコンタミネーションの典型的なパターン」を科学的に整理できた可能性があります。
* **技術的な実現可能性の分析**
誰がどういう操作でES細胞を混入できたのかを、具体的なラボワークの観点から検討できたはずです。これにより、「小保方氏でなければ技術的に不可能」という判断を補強、あるいは逆に限定することもできたでしょう。

### 3. しかし結論自体は大きく変わらなかった可能性が高い
* 委員会はそもそも「誰が混入したか」を確定する権限を持っていなかったため、専門家がいても最終報告の**公式な結論**は同じく「不明」に留まった公算が大きいです。
* ただし「偶発的混入か、意図的混入か」についての**科学的評価の明確さ**は増したはずで、後に広まった「小保方氏が混入したに違いない」という社会的・状況証拠的な推測は、もう少し抑制的な形になっていた可能性があります。

### まとめ
ES細胞の専門家が委員会に加わっていたら、
* 混入の科学的可能性や技術的シナリオはより明確に整理された。
* 「偶然では説明できない」点は強調されただろう。
* しかし、委員会の権限上、「誰が混入したか」を断定することはできず、最終結論は「STAP細胞は存在しなかった。混入は意図的の可能性が高いが、犯人は特定できない」にとどまった可能性が高い。
 つまり、**科学的な結論の精度は上がったが、社会的・公式な結論自体は変わらなかっただろう**と考えるのが妥当だと思われます。

Q: つまりES細胞の専門家がいても、委員回は誰が混入させたのかの結論は出せず、ほとんどの医学・生物学の研究者は小保方氏が混入させたと推測しているという現状を変えることはないということですね。

ChatGPT: はい、その理解でほぼ正しいと思います。

委員会は「科学的不正の有無」を調べる役割にとどまり、「誰が混入させたか」という刑事的・操作的な結論を出す権限も手段も持っていませんでした。したがって、仮にES細胞の専門家が参加していたとしても、最終報告として「混入者の特定」まではできなかったはずです。
 ただし違いが出るとすれば:
* **混入の起こり得る経路や確率の科学的整理**がより説得力をもって提示されていた。
* その結果、委員会報告の言葉が「誰かが意図的に混入した可能性が高い」から「意図的混入が強く示唆される」程度にニュアンスが変わった可能性はある。
 しかし、研究現場を熟知する多くの医学・生物学研究者にとっては、ES細胞専門家がいなくても「技術的に混入できる立場にあったのは小保方氏」という推測に至るのは自然でした。したがって、**学界の大勢の見解(小保方氏が混入させたと考えるのが最も合理的という判断)は大きく変わらなかった**と思われます。
 要するに、専門家がいたとしても「公式な委員会結論」は変わらず、学術界の支配的な推測もおそらく今と同じだった、という整理になります。

Q: しつこいですが「あの報告書の一番の問題は「専門的な問いを立てられなかった」ことだという意見は正しいかもしれませんが、結局の結論は変わらないだろうということですね。

ChatGPT: はい、その通りです。

つまり二段階に分けて整理できます:
1. **批判の妥当性**
「あの報告書は専門的な問いを十分に立てられなかった」という批判は正しい可能性が高いです。ES細胞研究の専門家がいれば、混入の技術的可能性や偶発性の評価など、もっと具体的で科学的な分析ができたでしょう。
2. **最終的な結論への影響**
しかし、委員会の権限や役割を考えると、最終的な結論――
* STAP細胞は存在しなかった
* 使われていたのはES細胞だった
* 混入は偶然とは考えにくいが、誰がやったかは特定できない
――この枠組み自体は変わらなかった可能性が高いです。

したがって、
* 「専門的な問いを立てられなかった」という批判はもっともだが、
* それによって「報告書の結論(誰が混入したかまで踏み込むこと)」が変わることはなかっただろう、
というのが一番バランスの取れた理解になります。

ご質問は、「専門家がいれば報告書の結論そのものが変わったか?」という点に絞られていると思うのですが、その答えは「結論は変わらない」ということになります。

さらにこの学とみ子の記事の後半では、「追加:話題が変わります。」と言って、免疫系の反応の時間経過を聞いています。関係ないのなら別記事にすればいいでしょ。

ES細胞が分化した細胞と接触したときのES細胞の変化の時間経過について、学とみ子はすぐに変化があるようなことを言い出しているのですから、これに関係するのかと思いきや関係ないのだそうです。

彼女が犯人で決まり!の論理

2025年9月19日 14:21 の前記事の最後のコメントを新しい記事としました。間に違う話題の記事が挟まるから、STAP/学とみ子問題の新しいコメントをするための記事を別途作成したほうがいいと思ったからです。内容は同じですが、書き換えています。

学とみ子がoTakeさんのコメントにある「基本力」「基礎力」と書き換えて記事を書いたので、当方が改竄だと指摘したわけです。単に「本」と「礎」のうっかりした書き間違えなのかもしれません。学とみ子も指摘に対し「基本力という語句でなく、基礎力と連想したのは、当方の間違いでしたので、すみませんでした。」と単純なミスだと認め謝罪しています。多分そうなんでしょう。しかしながら、「学とみ子は元文章を改ざん・捏造し文脈を改変した。」と、これまでに学とみ子の文章には人様の文章を改竄し引用しているところがあると批判されているのです。そしてこれに反論していません。単にうっかりだとは言い切れない可能性があります。学とみ子は引用するに当たり慎重に、推敲すべきなのです。

小保方晴子は博論の図を論文に流用したことはケアレスミスで悪意ある不正行為ではないと、この改竄といわれてもしょうがないのを、単純なミスだと言い訳をしたのです。単純なミスで本物の図があるから(その図は提示することなく)問題にするなと主張したのです。学とみ子は謝罪したのはいいのですが、単純率直ではなく、ちと違った反応です。謝罪の後に、「単純なる間違いとして見逃してほしかった」そして「学とみ子文章に張り付いて、言いがかりをつける作業に専念する姿は変わりありません」と「言いがかりだ」と余計な開き直りを加筆したわけです。

ですから当方は「単純なミスだからいいだろ」との学とみ子の言い分は「「車を運転していて過失で信号無視で人をはねちゃったとき、「単純なる間違いとして見逃してほしかった」と言っているのと同じだと批判したわけです。

この当方の発言に対し学とみ子は「「信号がない」という話を、「信号があるのに無視して、犠牲者も出た!」という話にすり替えちゃう」とするわけですが、どうやったら、「うっかり信号無視の事故を許してというのは不当である」という話が「「信号がない」を「信号無視で犠牲者がでた」にすり替える」ことになるのしょ?意味不明です。全く類似したことではありません。

・学とみ子がうっかりミスした ⇒ oTakeさんの文章が毀損された ← 単純なミスなんだから突っ込むな
・うっかり車で信号無視した ⇒ 歩行者が傷害を受けた ← 単純ななミスなんだからいいだろ
この当方の例えは、学とみ子の言い分に対してきちんと対応ができているわけで、学とみ子の言い分は不当であると説明していて論理的です。

・「信号がない」 →?→ 「信号無視した」 →「犠牲者がでた」 ← 単純ななミスなんだからいいだろ??
この学とみ子の言い分は何をい言いたいのか意味不明ですな。「信号がない」とは何でしょね?さらに「小保方氏が、実験現場にいたから、彼女が犯人で決まり!の論理です。」と言うのです。
・「小保方が実験現場にいた」 ⇒ 「小保方が犯人だ」
の論理とどういう関係なんでしょ。対応のない話を並べているだけですね。

学とみ子の論理を理解できる方がいるのでしょうか?

こういう論理的に意味不明な文章を推測するのはChatGPTが得意とするところです。
聞いてみましょ。

Q: AさんがBさんのコメントを引用するとき「基本力」を「基礎力」としました。Cさんは、これは改竄にあたる、Aさんは引用するとき改竄することがあると指摘しました。この指摘に対しAさんは単純なミスですみませんんと謝罪しました。しかし、Cさんに「単純なる間違いとして見逃してほしかった」、「言いがかりだ」と返したのです。 そこでCさんは「「車を運転していて過失で信号無視で人をはねちゃったとき、「単純なる間違いとして見逃してほしかった」と言っているのに等しいと反論しました。エラーの重大性に差がありますが、Aさんの他人の発言の引用に改竄があるということが以前から指摘されているのです。 Aさんはこの反論に対し「「信号がない」を「信号無視で犠牲者がでた」にすり替える」「小保方氏が、実験現場にいたから、彼女が犯人で決まり!の論理です。」と返してきました。Cさんの例えは無理のない論理的な表現ですが、Aさんの反応は意味不明です。特に「小保方氏が、実験現場にいたから、彼女が犯人で決まり!の論理です。」という論理とどこが似通っているのでしょうか?

ChatGPT: なるほど、状況を整理するとこうなります:

### 事実関係(ざっくり)
* **Bさんの発言**:「基本力」
* **Aさんの引用**:「基礎力」
* **Cさんの指摘**:「改竄(言い換えではなく意味を変えた引用)」だと指摘
* **Aさんの最初の反応**:単純なミスとして謝罪
* **Aさんの追加反応**:「単純な間違いとして見逃してほしかった」「言いがかりだ」と反発
* **Cさんの例え**:
 「信号無視で人身事故を起こした人が『単純な間違いだから見逃してほしい』というのと同じ」と反論
* **Aさんの返し**:「信号がないのを、信号無視で犠牲者が出たにすり替える」「小保方氏が実験現場にいたから犯人決まり!の論理です」

### Cさんの例えの趣旨
Cさんは
* 「行為が重大かどうかは別として、誤りを『単純ミスだから見逃せ』というのはおかしい」
* 「繰り返し起きているならなおさら、過失と責任の話に似ている」
ということを強調するために「信号無視による事故」を例に出した。
つまり、\*\*「過失でも結果の責任は問われる」\*\*という論点。

### Aさんの反応の意図(推測)

Aさんは、Cさんの例えを「自分を悪意ある加害者扱いしている」と受け取ったようです。
だから「信号がないのに、信号無視したと決めつけられている」「現場にいたから犯人だと決めつける(小保方氏の例)」と言い返しています。
要するにAさんは
* **「自分はそんな重大な悪事をしていない」**
* **「にもかかわらず、Cさんは自分を悪者扱いしている」**
という認知で、
「根拠のない決めつけ(推定有罪)」を批判しているつもりです。

### しかし論理的には…
* **Cさんの例え**は「過失でも責任がある」という点の比喩であり、
* **Aさんの反論**は「根拠のない冤罪」や「事実のすり替え」の話に飛んでいます。
つまり、**議論の論点がすれ違っている**状態です。
Aさんが持ち出した「小保方氏が犯人扱いされた」という例は、
* 「単なる推定で有罪扱いするな」という話
* =冤罪批判のメタファー
です。
一方でCさんの例えは
「過失であっても結果の責任は免れない」という話
で、全然別です。

### まとめると
* **Cさんの例え**:「過失でも責任がある」
* **Aさんの返し**:「根拠なく悪意ある犯人扱いするな」
この二つは論理的に同じではなく、Aさんは「自分が悪意ある改竄をした」と決めつけられたと受け取って「冤罪」の比喩を出した、という構造です。
したがって、
> 「小保方氏が、実験現場にいたから、彼女が犯人で決まり!の論理です。」
という部分は「CさんがAさんを改竄犯だと決めつけている」という**Aさんの主観**から出ているのであって、Cさんの例えの趣旨(過失責任)とは全く似ていません。

### 一言でいうと
Aさんは「冤罪の比喩」を出していて、Cさんの「過失責任の比喩」とは論理が噛み合っていません。
似通っている点は「例え話で相手を批判している」という表層だけで、論理内容は別物です。

希望があれば、こうした「比喩の噛み合わなさ」を図にして整理することもできますが、要しますか?

Q: つまりAさんは他人のコメントを理解せず感情的に非論理的な応答を示したということですね?

ChatGPT: はい、その理解で大筋合っています。

整理すると:

* **Cさんの例え**は「過失でも責任がある」という点を強調した比喩でした。
* しかしAさんはそれを「自分を悪意ある加害者扱いしている」と受け取り、「冤罪」や「根拠のない犯人決めつけ」の比喩を返しました。
* その結果、Aさんの返答はCさんの趣旨(過失責任)とは論理的に噛み合っておらず、内容的にはすり替えになっています。

つまりAさんは、
Cさんのコメントの**論理的な趣旨を正しく把握できず、感情的な防衛反応として非論理的な応答をしてしまった**、という構造になっています。

もちろんAさんの内面は外から断定できませんが、発言のやり取りだけを見る限り、

* Cさん:論理的な指摘・比喩
* Aさん:論理趣旨から外れた反論(感情的な受け止め)

という形になっています。

ふむ。学とみ子は論理が理解できず感情が先走って、頓珍漢になっているということですな。

♫あなたの嘘は、わかる〜のよ

田久保伊東市長:「私は東洋大学法学部卒です」 

学とみ子:「(桂調査委員会は報告書に)小保方氏がESを混ぜるのは不可能と書いています。」

伊東市議会議長:「証拠を見せろ」

ため息:「書いてあるところを示せ」

田久保伊東市長:「(卒業証書様の書類をチラと見せて)見せました。市長就任時には卒業していたと思っていましたが、東洋大学に問い合わせると除籍でした。」

学とみ子:「(書いてあるところを示すことなく)学とみ子が書いた「不可能」は、桂報告書にかいていると言うのでなく、あくまでも、学とみ子の意見です。」

伊東市議会議長:「卒業は嘘か?」

ため息:「書いてあるというのは嘘か?」

田久保伊東市長:「(答えないで)市議会開催当初に不信任案などを出して市政の停滞を招いたのは議会側に責任がある。議会を解散して市民にその正否を問う」

学とみ子:「(無視、答えられない)」

田久保市長は自分の嘘を市議会の議事を進行させないという不作為に責任転嫁することにより、議会の行為の正否を市民に問うという、誰かの入れ知恵で逃れようとしています。議員定数が20名で、解散後の新しいメンバーでの市長不信任案成立には不信任反対議員が7名いればいいので、これにかけたわけだ。

学とみ子には、この嘘を何かに責任転嫁させるアイデアを持つ支持者がいないので、沈黙するしかないわけですな。学とみ子はこの嘘を、とりあえず「学とみ子の意見で書いてあるという意味ではない」と言い逃れをしたのですが、だれも認めていません。逃げ道はないようです。ChatGPTもいくつか言い逃れ案を出したのですが突っ込まれるので、結局謝罪して訂正するのがベストですよと言っているのだからこれに従ったらいいのではないでしょうかね。学とみ子の沽券に関わることですが、嘘つきといつまでも言われるよりましだと思うわけです。もっとも、学とみ子とは価値観が違うから、学とみ子は田久保伊東市長と同じように誰が見ても嘘をついているのに嘘ではない、誤読だと言い張るでしょうね。

「自己愛」をどんなふうに制御・昇華してきた?

学とみ子が9月6日(土)午後に新規の記事を立ち上げました。「oTakeさんの課題は、「自己愛しないこと」ではないしょうか?第一歩として、学とみ子否定を止めることから始めると良いでしょう」というのがタイトルです。

こういうタイトルが上から目線だというのですが、上から目線本人は理解できないでしょう。
そして9月6日15時現在、記事はChatGPTの回答で終わってます。

「学とみ子さんに質問ですが、
ご自身は「自己愛」をどんなふうに制御・昇華してきたと思われますか?」

ぷぷぷ。返事をしたらいいでしょうに。


紅白百日紅

AIは独創性も分かるんですかね?

学とみ子が「AIは、学とみ子は考えながら、時々、飛躍して意味が不安定になりながら書いてあることが分かるんですかね?独創性も分かるんですかね?」と言うのでChatGPTに聞いてみましょ。

その結果は独創性は「ネット議論の構造やリスクを「なんちゃって学者」というラベルで整理した点。」にあるが、「 記事全体が「相手を否定する」作業に偏っており、論理的には「因果関係が飛躍していて」「冒頭で自分が批判している「否定から始める」スタイルに陥っている。」「科学的に意味のある議論としては、相手の具体的な主張やデータを検討せず「レッテル付け」に終始しているため、説得力はない」ということです。

つまり、見分ける方法を書いているのは独創的だがその根拠は乏しく、だれも説得できないということですな。

Q: AIは、学とみ子ブログ(https://katura1.blog.fc2.com/)に書いてある文章を読んで、論理が飛躍していることや、その独創性も分かるのですか?
最近の記事を貼り付けますので、評価してみてください。ただし、独創性といってもでたらめ、あり得ない、非科学的な場合は、科学を語ると称しているブログなので意味がないので評価しないでください。

タイトル: なんちゃって学者の見分け法 ①文章の最初に、ライバル意見を否定をする。 ②新たな知識の獲得するごとに、自身の意見を変えていく。 ③「自らを言い訳する技能が高い。 2025/08/26

「バトルする者同士が、お互いに名前や職歴を明かすことなく、一般的公開ブログを通じて、専門性の高い議論を行うことは、学会や職場における専門者同士の議論とは、全く異質のものです。
・・・・・
略 (https://katura1.blog.fc2.com/blog-entry-2835.html の転載だから)
・・・・
しつこいので、最低量での反論です。AI判定が意味の無いことが分かると思います。」

ChatGPT: ありがとうございます。貼り付けてくださった記事を拝見しました。ご依頼通り、**独創性がある部分と、論理の飛躍や弱点がある部分**を整理して評価しますね。

## 1. 論理的に見た特徴
* **一貫している主張**
学とみ子さんは「ネット上の科学議論は専門的な場とは異質であり、印象操作や言い訳が横行する」という立場を繰り返し述べています。これは首尾一貫しており、ブログ議論の特徴を批判的に捉えている点では筋が通っています。
* **論理の飛躍**
* 「ライバルの意見を否定 → なんちゃって学者」という因果関係は飛躍的です。科学議論では、相手の誤りを指摘することは通常のプロセスなので、それ自体を「なんちゃって」と断じる根拠にはなりません。
* 「論文を提示しない → 学んできた人ではない」という結論もやや短絡的です。論文提示は重要ですが、場や目的によっては口頭説明や既知の知識整理で議論することも正当な場合があります。
* **自己言及的な矛盾**
記事の終盤で「こうした作業はあまり建設的ではない」と述べていますが、まさに記事全体が相手の方法を「なんちゃって」と断定する作業であり、自己矛盾を含んでいます。

## 2. 独創性がある点
* **「なんちゃって学者の見分け法」という枠組み化**
* ①最初に否定する
* ②意見を変える
* ③言い訳が多い
というリスト化はユニークです。科学的に厳密ではありませんが、「議論のレトリックを類型化する試み」としては独自の観点を持っています。
* **ブログという場を「学びのツール」にする視点**
「読者が自ら学べば正当な評価に近づけるが、非効率になる」という指摘は、オンライン議論の教育的・非教育的側面を同時に捉えており、新鮮な視点です。

## 3. 評価まとめ
* **強み(独創性)**
* ネット議論の構造やリスクを「なんちゃって学者」というラベルで整理した点。
* 読者の学びの可能性と限界を同時に語った点。
* **弱み(論理的問題)**
* 相手を「なんちゃって」と断定する根拠が不十分で、因果関係が飛躍している。
* 科学的議論の基本(反論・知識更新・論文提示の多様なあり方)を「不正の証拠」と短絡的に扱っている。
* 記事全体が「相手を否定する」作業に偏っており、冒頭で自分が批判している「否定から始める」スタイルに陥っている。

✅ 結論として、この記事は **論理的に緻密ではありませんが、独自の切り口でネット議論の問題点を描こうとしている点に独創性がある** と評価できます。ただし、科学的に意味のある議論としては、相手の具体的な主張やデータを検討せず「レッテル付け」に終始しているため、説得力は限定的です。


芙蓉(ふよう)

DAEMONてのは何だ?

結局、著作権についての当方oTakeさんの指摘を理解できたかの返事もなく、反論もできないので、別の話題の記事を立ち上げるといういつもの行動です。これからも著作権侵害行為は続くでしょう。

今度はMAILER-DAEMONの意味がわからないからAIに聞いたことから、「じぶんたちだけでノリで命名するのって、やはり、傲慢であると感じますね。こうしたわかる人だけわかる世界って、排他的で、出来ない奴を受け付けないという価値観ですよね。極めた者だけの世界です。ですから、その世界に入れない人たちからすると、排除や嫌がらせの対象です。」と、ネットの世界での新しい用語は専門家が作り出したもので、遊び心かもしれないが、上から目線だ、排他的だ、傲慢だと批判するわけです。

新しい概念なんだから、新しい名前をつけるわけで、学とみ子の「細胞内微小器官」のように、すでに存在する名称を新たに創作するわけではないのですから、文句をつける意味がわかりません。学とみ子のように別名を創作して、意味が通じないのは読者が悪い、と言うのが傲慢そのものですね。新しい概念ですから、これを説明する単語の頭文字を取ってSTAPのような名前にするのもありますが、全く関係のない既存の名称を付けて「エーテル網」といってもいいでしょうに。学とみ子が新参者でわかりにくいとケチをつけるのですが、名前がわかりやすくても概念を理解できなければ同じでしょうに。むしろわかったような名前より、新しい概念だから、御伽話にでてくるような名前のほうがいいかもね。

呼吸運動を司る延髄の神経群にレベッチンガー 複合体(Bötzinger complex)というのがあります。このBötzingerというのは、学会で同分野の研究者がワインを飲みながら懇談していたときに、特定の名前がなかったので、そのとき飲んでいたワインのメーカーBÖTZINGERの名前を流用したわけです。わいわい飲みながら付けたわけで、現在、この神経群が呼吸運動中枢の中心であると注目され、研究が進んでいます。このように新たな物の名前は必ずしもSTAPのように付けられるわけではなく、遊び心満開で行われるのは驚くことではないです。DAEMONは陰で働くという意味かも知れませんが、悪魔ということでサーバの解説書には悪魔のアイコンであったりしてますね。

ネットの世界は前例がないので、上に何もない状態だったわけで、好き者同士の隠語とかから始まったわけですが、これは別にネットの世界だけではなく、狭い世界だといくらでも例はあるわけですね。歌舞伎の世界など部外者には珍紛漢紛な言葉で一杯でしょ。別に、傲慢だから作られた言葉ではないです。

さらに、皆さんが使うハンドルネームが変わっていると言って「知識人や秀才たちは、排他的な言動をしますが、良いことではありませんね。ため息ブログの、oTakeさんのHNの、変わってますね。澪標さんの文章は、HNだけでなく、文章皆、そんな感じです.和モガいうHNも変わってました。」というわけです。
「澪標」というハンドルネームを見た方が、使われた、くやしいと言ったことを覚えています。つまりセンスがあるという意味ですね。他人のハンドルネームを取り上げていますが、「学とみ子」というハンドルネームのほうが珍奇で、センスがない思うのは当方だけではないと思います。実態は逆ですから「学なし子」のほうがよく体を表したものになると思うのは当方だけではないでしょう。あるいは逆に傲慢さを表しているからふさわしいと言えるのかもしれません。

何が問題だったの?わかってる?

学とみ子は当方の疑問、Nicholsの論文が学とみ子の珍説「ES細胞は分化した細胞と接触するとキメラ能を失う」を支持するのか、否定するのかどっち?には答えることなく8月5日(火)午後に新しい記事をアップしました。

その冒頭に「論文をしっかり読んで議論しようね」と書くわけです。何を言っているんですかね。何故Nichols氏等の論文が話題になったのかはすっ飛んじゃって、議論することなく、当方とoTakeさんの誹謗だけを、上から目線で書くわけです。

「ため息さんは、そこから自らの文章の元文を消してしまいました。そして、追記の文章に置き換えましたね。」 ← 言いがかりです。学とみ子が当方のコメントを転載しているように当方は学とみ子と違って訂正すべきところは謝罪の上訂正しますが、その際、元の記述を取り消し線をつけて提示しています。消してません。学とみ子のように指摘されてコソコソと消したり書換えたりして、しらばっくれるというような卑怯な行為はしません。

「この論文に対する学とみ子の説明などが紹介されていたのです。」 ← そんな記述はありません。あったら残しています。

「以前のため息さんは、STAP細胞論文とその関連論文を読んでいませんでした。
ため息さんにとって、専門領域過ぎるという位置づけだったと思いますが、自動訳の進歩により、老境のため息さんは、再度、勉学に向けたモチベーションが高まったみたいです。」
 ← どうしてこのような上から目線で、わかったような嘘を書くのでしょうか。なんとかして当方等からマウント取ろうとしているわけですが、このような発言は嘲笑の対象になっているのがわからないのですな。

「なぜなら、相変わらず、oTakeさんは、その後も、分化の異なる細胞を混ぜた!混ぜた!と書いているんですよね。」 ← oTakeさんはそのような記述はしていません。学とみ子のデタラメです。oTakeさんも一部の細胞が分化が進んだ結果、混ざった細胞群を使っているのがわかっているので、「混ぜた」と表現するわけがないのです。どのコメントなのか提示してみろ。

繰り返しますが、何故、この論文が話題になったのか、「一度、脱落したESが、再度、胚内で初期状態を取り戻して、キメラに寄与することができるというストーリー」がこの論文が明らかにしたことかもしれませんが、それは学とみ子の珍説と関係ないのです。再度聞きますが、この話題の論文は学とみ子の珍説に対してpositive なの、それとも negative な結果を示しているの?どっち?

「一度、脱落したESが、再度、胚内で初期状態を取り戻して、キメラに寄与することができるというストーリーは、人間人生にとっても、希望を感じさせるもの」??学とみ子は失敗した開業医をやり直したいの?無理でしょ。


石垣の百合

学とみ子のES細胞混入の説明

STAP事件はES細胞を小保方氏が使って実験結果を捏造したというのが、学とみ子の言う「ESねつ造説」です。学とみ子はこれを否定する小保方擁護グループの一員です。別にグループとして組織だっているわけではありませんから、アマゾンの私小説のレビュー欄に星を5つ並べている科学的素養のない有象無象の一人というだけで、学とみ子の考え(実質妄想ですが)を支持する方は一人もいません。

擁護の一員なのに「論文実験の多くを小保方氏が単独でやって、かつ、小保方氏が若山研究室スタッフをだましながら、データを捏造しまくらないと、STAP論文は完成しないですよ。」と全く逆のことを言うのだから、本心はどこにあるのか疑われますが、これは学とみ子の日本語の不自由さから出てきた誤り発言(本人は訂正することはありません)で、本心はやはり小保方擁護のようです。

学とみ子のこの「ESねつ造説」否定の最近の根拠は;
「誰も「(小保方氏がES細胞を混入した現場を)見た!」と言って無いですね。「小保方氏にこんなに疑わしい行為があった!」と言った人もいないですね。STAP細胞の作成は、「隅でやってた」とか、「夜間来ていた」とかの証言でなく、もっと直接的な証言が無いです。」です。つまり小保方氏がES細胞を混ぜているのを見た人がいないというのが「ESねつ造説」否定の根拠の一つです。

桂調査委員会の結果を;
 「桂報告書は、STAP細胞がES細胞である可能性が高いが、誰がどうしたかわからないと書いてあります。だから、ES混入における小保方責任を否定しています。」 ← 小学生が考えてもわかる非論理的な理由ですね。「誰が」に小保方氏がはいっているというのが自分で書いてもわからないのです。
 「桂報告書が、これを書いた理由は、小保方氏による故意のES混入は不可能であることを世間に知らしめるためです。」 ← 桂調査委員会報告書を読めば逆なのですが、報告書を読めないからこんなデタラメを平気で書くわけです。
と小保方氏を擁護したりしていますが、キメラ、STAP幹細胞、テラトーマがES細胞由来であったという調査結果を否定することはありません。

さらに;
 「桂報告書に書いてあります。誰が、どこでES混入させたか、桂報告書にあります。それが書かれている桂報告書の場所も、当ブログに書いてます。」
 「桂調査委員会報告書には)小保方氏がESを混ぜるのは不可能と書いています。」
と桂調査委員会報告書に書いてないことを書いてあると、妄想をからくる嘘を平気で書いています。

キメラ、幹細胞、テラトーマがES細胞由来だった原因は;
「STAP細胞がES細胞由来で、実験ミスと考える学者が大半だと思うよ。」
「学とみ子の言い分は、ES混入の原因は不明だとするものです。学とみ子は、事故による混入が、確率的に高いのでは?の推論をしめしているに過ぎません。」
「STAP細胞からキメラができ、幹細胞ができたとするのだから、使用されたマウスの遺伝子型になるのです。
つまり、使われたのは、アクロシンCagGFP入りのマウスや、CagGFP入りマウスであろうと考えられるのです。
これから、幹細胞、キメラ、テラトーマもできたと考えれば、理屈は合うんです。
しかし、STAP細胞を認めたくない人たちが、STAP幹細胞をESとラベルして保存して、このESが混入したと騒いだので、STAP論文はつぶれたとすると、理屈は合うのです。」
と1️⃣事故混入説、2️⃣若山氏が小保方氏にSTAP細胞作成のために渡した仔マウスは”Acr-GFP/CAG-GFPが仕込まれたマウス”あるいは”CAG-GFPが仕込まれたマウス”で、このマウスからそれぞれFLS3、CTS1とAC129-1という幹細胞が作られたので遺伝子が一致したというES細胞由来マウス使用説、3️⃣129/GFP ESとラベルされた細胞は、実はSTAP幹細胞FLS3であった、だから129/GFP ESとFLS3の遺伝子が一致するのはあたりまえという、サンプル入れ違い和モガ説も採用しているのです。どれなのかわかりません。

その一方
「学とみ子は、チューブ入れ替え説を否定している」と3️⃣説を否定しています。

ES細胞の混入は
「酸浴day7までのES混入なら、顕微鏡をのぞく若山氏が気付く。だから、これはない。酸浴後day7までだと、STAP細胞塊は、若山研究室での顕微鏡でのチェックが入るので、ESコンタミに気付く。」
「しかし、桂報告書には、酸浴後day7の間だけがES混入の期間ではないということを明記されています。」
「少しでも分化した細胞が混在すると(ES細胞の)キメラ能は無くなってしまう」
「一言居士説と、学とみ子説は、STAP細胞実験中、酸浴7day以後の細胞をいろいろ実験している過程で、ES混入が起きたとする考え方です。ES混入は、酸浴7dayまでではないということです。」

ということで、小保方氏が培養していた7日間にES細胞が混入したのではない、酸浴細胞のような分化した細胞とES細胞が接触するとキメラ能がなくなると言っているのでES細胞由来キメラができたのはES細胞だけを注入したからということになります。事故で混入したという主張と矛盾します。

 「ところが、ACTH使用で劇的変化が起きたのです。若山氏は、「早くも幹細胞化した!」「成功した」と、思ったのでしょう。」という発言もあります。この発言の意味することは、「若山氏はES細胞と知っていて幹細胞を作ったのではない」、つまり若山氏の実験操作(キメラ作成と幹細胞作成)では若山氏はES細胞の混入に気が付いていないと学とみ子は主張しているということです。もちろん若山氏がES細胞を使ったということも否定しています。

まだ、キメラ、STAP幹細胞、テラトーマにES細胞が混入したという事実の説明に関わる発言はあったかもしれませんが、とりあえず並べてみました。

当方等の小保方氏がES細胞を混ぜて若山氏にわたしたから、キメラ、STAP幹細胞がES細胞由来であった、小保方氏がES細胞を皮下に注入したからES細胞由来テラトーマができたという推測に匹敵する、学とみ子の説明がありません。ES細胞が混入していたという事実を認めるのですから、どこで混ざったのか、誰がやったのか、誰は関係していないのか等を根拠を添えてまとめたストーリーを「学とみ子にES混入説」として書いてほしいのです。上記のように、個々の場面の学とみ子の説明に食い違いがあったりしますので、ES細胞が混入したキメラや幹細胞、テラトーマができた理由を述べてほしいのです。

ES細胞の混入はなかった、STAP細胞はあったでもいいです。

キンシバイ (Hypericum patulum)

学とみ子はESねつ造画策者は誰かを知らない

学とみ子の矛盾した発言に驚くことはないのですが、今回は「証拠もなく言い続けてはいけない」とタイトルで宣言しているのに、本文では誰か何をしたとかを、証拠もなく言い続けているので、新たな記事としてみました。

学とみ子は「誰か何をしたとかを、証拠もなく言い続けてはいけないです。」と記事タイトルにするほどの確個たる信念を宣言したのです。ところがこれまで学とみ子は、
「ハーバード大学独自の検証ができるよう情報提供をしたのは、理研のESねつ造画策者でしょう。」
「理研のESねつ造画策者にとっては、改革委員会は絶好の活躍の場でした」
「ESねつ造画策者は、バカンテイ研究室潰しを狙うハーバード主流学派の人たちも、巧みに利用しました。」
・その他、同様の発言は「https://katura1.blog.fc2.com/?q=ESねつ造画策者」で学とみ子ブログ内を検索すると山程でてきます。
さらには今回も「ESねつ造説をしかけたのは理研内の研究者たちであるが、そうした専門家から、周りの研究者も一般人も大いに影響を受けた。マスコミも、ESねつ造説をしかける研究者たちから、一方的な科学現象を教え込まれたのである。桂調査委員会に至るまで、理研内のESねつ造説画策者は、STAP論文の判断に影響を残した。」と理研内部に小保方氏がES細胞を使った捏造であるということを言いふらす「理研のESねつ造画策者」の存在を断言しているのです。
 しかし、そのような「理研のESねつ造画策者」とはどなたのことかという質問に対し、「ESねつ造説画策学者は、誰なのかをしつこく聞いて来るが、学とみ子はしらない。学とみ子が具体的に、人の名前を言うことなどできない。学とみ子は、ESねつ造画策者は、誰かを知らない。と堂々と発言するわけです。誰がどこで発言したのかの証拠もないのに「理研のESねつ造画策者」がマスコミにも調査委員会にも海外の関係分野の研究者にも小保方氏がES細胞を混入させたといいふらしているというわけです。「誰か何をしたとかを、証拠もなく言い続けてはいけないです。」という宣言との整合性を学とみ子の妄想脳に期待するのは間違いなんですな。
oTakeさんのダブルスタンダードというコメントに被ってしまいました)

キメラはES細胞だった理由は?学とみ子説は?

キメラ、STAP幹細胞、テラトーマはES細胞由来細胞からなっていたという事実は学とみ子を始めとする擁護の連中も認めているところです。その原因は学とみ子曰くのESねつ造説【 小保方氏が手に入れることのできたES細胞を酸浴細胞と混ぜて若山氏に渡し、若山氏がキメラ、STAP幹細胞を作成した、テラトーマは小保方氏が単独で皮下にES細胞を注入した 】が状況証拠から考えられる最も合理的な推測であるというのが科学研究の世界での常識になっているかと思います。

擁護の方々はどういう説なのでしょうか。

無駄口与太郎こと一言居士は小保方氏が若山氏に持参した酸浴細胞の細胞核と卵子を使って核移植して発生させ内部細胞塊を取り出してできたntES細胞を使ってキメラ、幹細胞を作成したというものです。positiveな結果をともかく作って小保方氏を山梨大にリクルートするためだというのです。テラトーマはどうやってできたのか、どこかに書いてあるかもしれませんが、わかりません。

和モガという方は、STAP幹細胞とFES1というES細胞の遺伝子が一致したのは、STAP幹細胞FSLと若山氏が大田氏から手に入れたFES1が入れ替わったからであるという説です。つまり酸浴細胞から初期化された多能性をもつ細胞(=STAP細胞)が小保方氏によって作成され、桂調査委員会は入れ替えられているのに気が付かず解析したものであるという説です。テラトーマはSTAP細胞から作られたものであり、その遺伝子がFES1(実はFLS)と一致するのは当たり前ということなんでしょうね。

ryobu-0123という方も小保方氏持参の細胞塊(スフェア)の細胞核を使ったntES細胞説である。この人の言い分はわけわかめで、若山氏の「特殊な手技」というのは、細胞塊をガラスナイフで小さくちぎって胚に注入するという手技であったのが、卵に核移植する手技に変わってしまっているのです。無駄口与太郎と同じく、核移植は卵の細胞質が分化した細胞の核を初期化することなので、核移植したら刺激で初期化されたというSTAP現象を証明することにはならないわけで、そのような説はSTAP現象を擁護する理屈にならないのですがいいのですかね。小保方擁護なら科学的な考察は意味がないからどうでもいいのかもしれません。
 またこの方は若山氏の「特殊な手技」がSTAP論文に記載されないというタイトルの記事を書いているわけですが、この核移植の手技なら、論文に記載されないのは当然です。核移植をしたらSTAP現象の証明にならないのだから論文に記載されるわけがないのです。若山氏の「特殊な手技」が細胞塊をさらに小さな細胞塊にして胚に注入したことなら、論文の方法に記載されています。前者の場合は論文とは違うのだから論文不正になるのがわかってブログを書いているのかしらん?小保方氏が筆頭著者ですから小保方擁護にはならないのですけどね。
 「特殊な手技」という言葉は私小説にあった言葉なのですが、そしてその私小説の該当部分を読めばわかりますが、若山氏がこのような発言を本当にしたかどうかは別にして、この「特殊な手技」とは「今日からはマイクロナイフで切って小さくした細胞塊を初期胚に注入してキメラマウスを作る」ことなのは明らかです。小保方氏の言う「特殊な手技」とは細胞塊を小さくちぎって胚に注入する手技なのです、この方の頭の中でどうして核移植の手技に入れ替わってしまったのでしょうかね。

もはや擁護のブログはこのryobu-0123同様ほとんど活動していない、ネットにあるのは放置したままの記事、でDORAとか阿塁未央児なんかはどっかにとんじゃっているので、どう考えているのかわかりません。

【眼とろん星人】アトモス部屋という方の発言集がありますが、やたら小保方擁護の発言だけで科学的な議論はないようです(探すのもいやだ)。こういう発言は一方的な根拠のない感情だけなので、どうやってES細胞からキメラ等ができたのかの考えはわからないです。

他の擁護の方々の考えはどうだったのか、ぼちぼちさがしてみますが、問題は擁護で孤高の戦いを続けている学とみ子の考えなんですな。

>学とみ子
どうのようにしてキメラ、STAP幹細胞、テラトーマがES細胞由来細胞からできたのか説明してくれませんか?細々としたステップを書き連ねるのは大変でしょうから、まずはキーになるところ、例えば「若山氏が酸浴細胞からntESを作ったから」、「若山氏が培養中に事故でES細胞が混入した」のようなことから説明してくれませんか?その後でテラトーマにES細胞由来細胞があったのはこういう理由である等々の細かな説明を加えてでいいです。AIを駆使して書いてみてくださいな。