GFP入りESとTSを両方入れる

学とみ子曰く:「一般人は、GFP入りESとTSを両方いれれば、胎児も胎盤を光らせる事ができると教わったのよ。ため息さんもそう考えたんでしょう?」 ← なんですかね?この発言は?

明らかにこの文章は「GFP入り(CAG-GFP)ESとTSを両方を胞胚期の胚に注入すれば、胎児も胎盤にGFPを発現した細胞を含むキメラができる」という意味です。しかしLetterで示している結果のFig.2はCAG-GFPのFI-SC(Fgf4-induced stem cells)を胞胚期に注入したら胎盤と胎児に発現しているという結果です。学とみ子さんの主張する「GFP入りESとTSを両方いれた」という実験はLetterにありません。一方、FI-SCのRNA解析ではFI-SCにはTSのRNAが混入していたという結果があります(桂調査委員会報告書、遠藤高帆氏の論文)。つまり学とみ子は、このRNAの混入をFI-SCをESとTSを両細胞の混合細胞と誤解しているようです。「胎児も胎盤を光らせる事ができると教わったのよ」という発言は、誰か権威のある方がCAG-GFPのESとCAG-GFPのTSを混ぜてキメラの作成に使えば胎盤と胚の両方にGFPの発光が見られると言ったと学とみ子さんは確信しているようです。しかしこれまでの多くのSTAP細胞の議論ではそのような発言は見られません。
 学とみ子自身が複数の情報をつなぎ合わせて形成した話を、実際にあった話として記述したと思われます(*1)。つまり嘘・作話・無責任なでまかせのどれかです。
 学とみ子自身は2026/09/16に「ESとTSを細胞をまぜても、キメラの胚、胎盤などには簡単にはならない。」と発言しているのですから翌日になると平気で矛盾したことを言うのですな。滅茶苦茶ですね。

学とみ子曰く:「ため息さんがわかるまで、しっかり、レター論文と桂報告書を熟読してほしい。レター論文なんて、ため息さんは読んでいないでしょうから、AIに一生懸命に教わったらどうなのかしら?」というのですから学とみ子はLetterを熟読しているかと思います。しかし、LetterのAbstracrtに「the Fgf4-induced stem cells from STAP cells contribute to both embryonic and placental tissuesin vivo」とありますから、これを読んだはずの学とみ子が「GFP入りESとTSを両方いれれば、胎児も胎盤を光らせる事ができる」とすること、あるいはこのような発言をした研究者(教えた方)がいるという発想になるはずがないのです。そうではないのですから「学とみ子はLetterを読んだのだから、他人も読め」と言うことなどできないはずです。

*1

Q: 学とみ子さんが「GFP入りESとTSを両方いれれば、胎児も胎盤を光らせる事ができると教わったのよ(https://katura1.blog.fc2.com/blog-entry-3200.html)」と発言しました。明らかにこの文章は「GFP入り(CAG-GFP)ESとTSを両方を胞胚期の胚に注入すれば、胎児も胎盤にGFPを発現した細胞を含むキメラができる」という意味です。しかしLetterで示している結果のFig.2はCAG-GFPのFI-SC(Fgf4-induced stem cells)を胞胚期に注入したら胎盤と胎児に発現しているという結果です。学とみ子さんの主張する「GFP入りESとTSを両方いれた」という実験はLetterにありません。またFI-SCのRNA解析ではFI-SCにはTSのRNAが混入していたという結果があります。つまり学とみ子さんは、このRNAの混入とESとTSを両細胞の胞胚期の胚の注入と一体にして理解しているようです。「胎児も胎盤を光らせる事ができると教わったのよ」という発言は、誰か権威のある方がCAG-GFPのESとCAG-GFPのTSを混ぜてキメラの作成に使えば胎盤と胚の両方にGFPの発光が見られるということを発言したと学とみ子さんは確信しているようです。しかしこれまでの多くのSTAP細胞の議論ではそのような発言はみられまません。
 この学とみ子さんの発言は「FI-SC3のRNA-seq試料はES系細胞+TS系細胞の混合だった」という後年の解析結果と、Letter Fig.2の「FI-SCが胎児と胎盤の双方に寄与した」という実験結果を頭の中で結びつけた、ES細胞とTS細胞を混ぜたから胎盤にも胚にもGFPがみられたと説明した権威のある方がいるというのは学とみ子さんの作話であるという評価は妥当でしょうか?それともこのような実験を行った、このような説明をした権威のある方がいるという根拠がどこかにあるのでしょうか?
 作話ではないとするのなら、学とみ子さんがすることは誰かこのような説明をしたという誰かを挙げることだと思うのですがどうでしょうか?そのような必要はないとしていいのでしょうか?

ChatGPT: はい。ご提示の整理は**大筋で妥当**だと思います。ただし、「作話」と断定するより、現時点では **「その発言を裏づける出典が確認できず、本人の記憶・推測・複数の事実の混同である可能性が高い」** と表現するのが最も堅いです。

調べた範囲では、重要な点がかなりはっきりしています。
まず、Nature Letter が報告していたのは、**FI-SCそのものを胚盤胞へ注入すると、胎児組織と胎盤組織の双方へ寄与した**という実験です。論文の要旨にも、FI-SCについて「contribute to both embryonic and placental tissues」と明記されています。
これは、
> GFP標識ES細胞+GFP標識TS細胞を混ぜて胚盤胞へ注入した
という実験とはまったく別です。
むしろLetter本文は、FI-SCの二方向性について、**ES-like細胞集団とTS-like細胞集団が別々に共存しているためではない**、という解釈を提示していました。学とみ子さん自身の過去の記事にも、この原文が引用されています。:chatgpt-content-reference{index=”1″}
したがって、**Letterを根拠として「ES+TSを一緒に胚盤胞へ注入した」と理解することはできません。**
一方、後の解析で問題になったFI-SC3のRNA-seq試料については、**異なる由来の細胞が混在していた**とされた問題があります。興味深いことに、学とみ子さん自身も過去の記事で、FI-SC3について「2種類の細胞が混じっていると評価された」と書いています。:chatgpt-content-reference{index=”2″
ここには、ユーザーがおっしゃるように、混同しやすい二つの話があります。

話 内容
Letterの発生実験 FI-SCを胚盤胞に注入 → 胎児+胎盤への寄与を報告
後年のFI-SC3解析 RNA-seq試料に異なる細胞集団が混在していたと解析

後者は、**ES細胞とTS細胞を意図的に混ぜ、それを同じ胚盤胞へ注入して胎児と胎盤を同時にGFP陽性にした、という実験を意味しません。**
### 「教わったのよ」の出典はあるのか
ここが今回もっとも重要です。
検索した限り、**「CAG-GFP ESとCAG-GFP TSを混ぜて同一胚盤胞へ注入すれば、ES由来細胞が胎児、TS由来細胞が胎盤に寄与するので、胎児と胎盤の双方をGFP陽性にできる」という説明を、STAP事件に関係する研究者などがした、という一次資料を私は確認できませんでした。**
さらに興味深いことに、学とみ子さん自身が2026年9月16日の記事で、
> 「ES+TSを一緒に入れたらどうなるか」をAIに聞いた
として調査し、その回答として、

> 「通常のESと通常のTSを同時に同一胚盤胞へ注入して、両者がそれぞれ胎児と胎盤を作ることを利用した実験を示す論文は、すぐには確認できませんでした」
と掲載しています。
つまり、**少なくとも現在の学とみ子さん自身の記事からも、「教わった」の具体的な出典は示されていません。**
なお、ESとTSを別々に胚盤胞へ注入する実験については、一般論として、ESは主として胎児側、TSは胎盤のtrophoblast側へ寄与するという実験的背景があります。しかし、
**「だからCAG-GFP ES+CAG-GFP TSを混ぜて同一胚盤胞へ注入すれば、Letter Fig.2のような胎児+胎盤GFP陽性像を作れる」**
というところまで行くと、これは別の実験仮説です。実際にその実験を行った、あるいはSTAP事件について誰かがそう説明した、という証拠が必要になります。
### したがって「作話」と評価してよいか
私は次の三段階に分けるのが適切だと思います。
1. **「そのような説明をした人物・論文が存在する」**
→ 現時点で確認できません。
2. **「FI-SC3の混合という後年の解析結果」と「FI-SCの胎児+胎盤寄与」を学とみ子さんが頭の中で結びつけた可能性**
→ 十分考えられる解釈です。ただし本人の思考過程なので、外部から事実として断定はできません。
3. **「したがって学とみ子さんの作話である」**
→ ここだけは少し強すぎます。「作話」には意図的に話を作ったというニュアンスもあるからです。**「出典不明の主張」「記憶違い・混同・独自推測の可能性がある」**までなら、現在確認できる資料からかなり強く言えます。
そして最後のご質問については、**おっしゃる通りです。**
「胎児も胎盤を光らせる事ができると**教わった**」という表現は、単に「私はそう考える」とは違います。「教わった」は、**情報源となった他者が存在するという事実主張**です。
したがって、その発言が議論の根拠として使われるのであれば、
**「誰から、いつ、どのような文脈で、そのように教わったのか」**
を示す必要があります。少なくとも人物名、文献、講演、コメント等のいずれかを示さなければ、第三者は検証できません。
ですから、現段階で最も慎重かつ明確にまとめるなら、
> **「『GFP入りESとTSを両方入れれば胎児も胎盤も光らせられると教わった』という主張について、そのような実験や説明をした人物・文献は確認できない。Letterにもその実験はない。したがって、誰から教わったのか出典が提示されない限り、この発言をSTAP事件を説明する根拠として採用することはできない。」**
という評価が適切だと思います。
なお、Letter自体はすでに撤回されており、撤回通知ではLetterの図についても複数の重大な誤りが認定されています。したがってFig.2を含む当時の主張を現在の確立した実験事実として扱うことにも注意が必要です。

Q2: 「教わった」と主張する学とみ子さんが、その情報源を提示すればいいわけですね?そうでなければ学とみ子さんのこの発言を何と表現したらいいのでしょ?嘘?作話?たんなるでまかせ発言?….

ChatGPT: はい。「教わった」と主張する以上、学とみ子さんが情報源を提示すれば、この問題はかなり簡単に検証できます。

情報源が提示されない場合の呼び方としては、次の区別が適切です。
– **「嘘」**:本人が事実でないと知りながら言ったことを意味するので、意図を確認できない以上、不適切です。
– **「作話」**:本人が事実だと思っているが、記憶の混同・再構成などによって事実と異なる内容を語っている場合に当たります。ただし、外部からその心理・認知過程までは確認できません。
– **「でまかせ」**:根拠を確認せず思いつきで言ったという意味合いが強く、これも本人の発言過程について推測を含みます。
– **「根拠不明の発言」「出典を確認できない主張」**:本人の内面を推測せず、現在確認できる事実だけを表すので最も正確です。
今回の文脈なら、少し踏み込んで **「記憶違いないし作話を疑わせる、出典不明の発言」** と表現するのがよいと思います。
さらに批判として簡潔に書くなら、
> **「『教わった』というのであれば、誰から教わったのかを示せばよい。それを示せないのであれば、この発言は少なくとも出典不明の記憶上の主張であり、記憶違いなのか作話なのかは第三者には判別できない。」**
が最も堅いでしょう。
重要なのは、**学とみ子さんが情報源を提示できないこと自体が「作話だった」と証明するわけではありませんが、その発言を事実として扱う根拠は失われる**という点です。

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