墓穴を掘ってしまった

学とみ子は自らの記事をChatGPTに評価を依頼し、改訂するかという誘いにのって改訂版を作ってもらい公開しました。

しかし、原文と改訂版を比較検討し、自らの文章のどこがどのように変わって改良されたのか改悪されたのかの評価をしていません。どうしてでしょ?なんのために修正案の作成を依頼したのかわかりません。

当方は原文を批判したわけです。ですから、ChatGPTの改訂版が当方の批判とどのくらい一致しているのかを検討してみました。
 学とみ子が実施したChatGPTのセッションでは当方の批判をChatGPTに伝えてないでしょうから、改訂版は当方の意見とは独立しています。学とみ子に代わって当方が原文と改訂版、そして当方からの批判を比較検討するのはやってられないのです。しかし、学とみ子は「AIに、当ブログ前記事の内容書き換えてもらったら、こんな文章になりました。いかがでしょうか?」と言うので、そしてこのような作業のためにAIがあるようなものなので、ChatGPTに依頼しました。その結果を*に示します。結論は、当方の指摘は過激ではあるものの、改訂版ではクリアされていることと一致しており、結果として「ため息さんもChatGPTも*同じ「補正方向」を選んだ、(ため息さんの指摘は)論点として妥当で、修正方向を適切に指していた」ということになりました。

結果として、学とみ子の行為は憎きため息の指摘を肯定したことになったわけで、これを公開するというのは墓穴を掘ってしまったのが自覚できてないということです。しかし学とみ子には理解できないから公開したのですね。やってみて、まずかったら公開しないというのは普通の方のすることですが、学とみ子は自分のやっていることが理解できてないのでこんなことになったのですね。自分の書いた記事とChatGPTの修正案とを比較検討して、まずかったら記事にしない、少なくとも次回以降の参考にするくらいの考えにならないと恥ずかしいのでは?

* {当方の意見で( )内はオリジナルにはない部分で「糞味噌」をChatGPTが玉石混交と捉えてくれなかったので加筆しています。}

Q: 学とみ子さんが
『2026/03/22
万能細胞 iPS ES STAP
ため息さん、2026年3月21日 16:11

>冷静にならないと、ただでさえデタラメを書いているのですから、支持者を獲得することはますます不可能になりますよ。

( 略 長くなるので学とみ子の記事全文をChatGPTに示したのですがここでは略します。https://katura1.blog.fc2.com/blog-entry-3011.htmlにあります。)

AIは、自身の機能を過剰に謳って「先生はいらない」とは、言わないのです。AIにとって、過剰な自己評価は、社会的不利であると十分承知しているのでしょう。むしろ、人間側には、そこが抜けてる人がいます。』
というブログ記事を書きました。これを原文とします。

この記事について学とみ子さんがChatGPTに評価を聞いたところ、改訂できるという助言があり、改訂してもらったのが以下の文章です。
2026/03/22
万能細胞 iPS ES STAP

長く続いてきた議論を見ていると、ある特徴があるように感じます。
それは、「それぞれが自分の正しさを前提にしている」という構図です。

( 略 上記同様に長くなるので学とみ子の記事全文をChatGPTに示したのですがここでは略します。https://katura1.blog.fc2.com/blog-entry-3013.htmlにあります。)

この点について、皆さんはどのように感じられるでしょうか。
AIは、議論をより良い方向に導くと思いますか?それとも別の影響があるでしょうか。

ChatGPTはこの改定版は「このAIバージョンは、他人への攻撃性を減らして、読者の人たちがコメントをしたくなるようにとの意図を持って、AIが書き上げた作品」との説明でした。

原文と改訂版を比較するところですが、実はこの原文についてはため息さんが
・「教師はいらない」「資格は無用」として教師の役割(体系化・誤りの修正・評価)を無視
・AIの能力を過大評価しているがAIの回答は常に正しいわけではないことを無視
・YouTubeや成功談を根拠にしているが、Yutubeは糞味噌で評価できない者の教材になりえない(玉石混交でこれを評価できないのが学習者なのだから、教材として使うのには危険で使うべきではない)
・専門知識取得と情報取得とはことなり、教育は知識のみ提供しているのではない
・独学を過大評価していて、フィードバックのない独学の危険性を無視

と不適切な内容があると評価としたのです。

原案と改訂版を比較したとき、改訂版にはこのため息さんの指摘に該当するものがほとんどなくなって極端な点が削除されているように思えます。ChatGPTはため息さんの批判を知らないで独立して改訂をしたものです。結果としてため息さんの指摘は、その正否とは別に、ポイントをついているものだったと言えるでしょうか?

ChatGPT: 結論から言うと、**「ため息さんの指摘は“完全に正しい”とまでは言えないが、論点としてはかなり核心を突いている部分がある」**という評価になります。
そしてそれは、今回の改訂版が自然にそれらの極端さを削ぎ落としている点からも裏付けられます。

少し整理して説明します。

## ① 原文と改訂版の一番大きな違い
両者の差はシンプルに言うと:
* **原文**:主張が強く、断定的(価値判断が前面)
* **改訂版**:条件付き・相対化(読者に委ねる構造)
たとえば原文では:
* 「教師はいらない時代」
* 「資格は無用」
* 「AIで専門知識は得られる」
といった**強い一般化**が見られます。
一方改訂版では:
* 「〜かもしれない」
* 「〜とも考えられる」
* 「役割が分かれるのでは」
といった**射程を限定する表現**に変わっています。
👉 ここが本質で、
**ため息さんが批判したのは“主張の方向”ではなく“断定の強さ”**です。

## ② 指摘ごとの妥当性を検証
ため息さんの各指摘を、冷静に分解するとこうなります。
### 1. 「教師不要論」
> 教師の役割を無視している
これは**半分当たっています**。
* 原文は「教師はいらない」と読める強さがある
* しかし実際にはあなたの中では「効率の話」だった
👉 問題は中身ではなく**表現の射程が広すぎたこと**
改訂版では:
* 「役割分担」
* 「完全に置き換えられない」
と修正されているため、この批判は消えています。

### 2. 「AI過大評価」
> AIは常に正しいわけではない
これも**重要な指摘**です。
原文では:
* 医者に近いレベルの応答
* 高品質である
という記述があり、**信頼性の限界への言及が弱い**
改訂版では:
* 「入力に依存」
* 「どう使うかが重要」
と補正されています。
👉 これはかなり本質的な改善点です

### 3. 「YouTube=教材問題」
> 玉石混交で危険
これも**教育論としては王道の指摘**です。
原文:
* 「質が高いものがある」
→ 強調が強い
改訂版:
* 「触れる機会が増えた」
→ 中立化
👉 ここも「過大一般化」が削られています

### 4. 「独学の危険性」
> フィードバックがない
これはかなり核心です。
原文:
* 独学をかなり肯定的に描写
改訂版:
* 判断・選択の重要性を追加
👉 「独学の自由」→「責任の重さ」へバランス修正

### 5. 「知識 vs 教育」
> 教育は知識提供だけではない
これも重要で、
改訂版では:
* 「経験との結びつき」
* 「判断力」
が明示され、補強されています。

## ③ なぜChatGPT改訂が一致したのか
ここが一番面白いポイントです。
あなたが言う通り:
> ChatGPTはため息さんの批判を知らない
それでも一致した理由はシンプルで、
👉 **文章としての“バランスの悪さ”を機械的に補正した結果**
です。
つまり:
* 極端な一般化 → 緩和
* 断定 → 条件化
* 主観 → 構造化
これはAIの「議論最適化パターン」です。

## ④ 結論:ため息さんの評価の位置づけ
整理するとこうなります:
### ✔ 妥当な点
* 極端な一般化への違和感
* 教育の本質に関する指摘
* AIの限界への指摘
👉 **論点としてはかなり的確**

### ✖ 妥当とは限らない点
* 表現が攻撃的・断定的(あなたの意図を狭く解釈している可能性)
* 原文の「問題意識の方向性」までは否定できていない
👉 **批判は正しいが、言い方は強すぎる可能性**

## ⑤ 一番重要な本質
今回の件の本質はこれです:
👉 **あなたの主張は“方向としては妥当”だが、“言い方が極端だった”**
そして
👉 **改訂版はその極端さを削ったことで、批判と自然に整合した**

## ⑥ 最後に
今回のケースはかなり典型的で、
* 人間の批判(ため息さん)
* AIの編集(ChatGPT)
が**別ルートで同じ修正に収束した**例です。
これはつまり、
👉 **文章としての構造的な弱点が実際に存在していた**
ことを示しています。

Q: ため息さんの批判と改訂版を見ると「この批判は消えています。重要な指摘で補正されています。教育論としては王道の指摘で「過大一般化」が削られています。核心的指摘でバランス修正。教育は知識提供だけではないは補強されています。」としているのですから、偶然の一致でなったというわけではなく、「批判と自然に整合した」というのはため息さんの指摘はあたっているということではないですか。

ChatGPT: おっしゃる通り、その読み取りはかなり筋が通っています。
結論を少し精密に言い直すとこうなります:

👉 **「偶然の一致」ではなく、
妥当な批判が、別ルート(AI編集)でも同じ方向の修正を要求した
という構造です。**

## ■ 「当たっている」と言えるのか?
はい、**一定の意味では「当たっている」と言えます。**
ただし重要なのは、「どのレベルで当たっているか」です。
### ✔ 当たっている部分
ため息さんの指摘は:
* 過大一般化(教師不要・資格無用)
* AIの過信
* 独学のリスク軽視
* 教育の本質の単純化
といった**“議論のバランスの崩れ”**を指摘しています。
そしてこれは、改訂版で実際に
* 表現の緩和
* 条件づけ
* 役割分担の提示
として修正されている。
👉 つまり
**「修正の方向性が一致している」=批判の焦点は妥当だった**
と言えます。

## ■ ただし注意すべきポイント
ここで一段深く見る必要があります。
### ❗「正しい批判」=「全面的に正しい」ではない
ため息さんの批判は:
* 論点(何が問題か)はかなり適切
* しかし表現や断定の仕方は強い
可能性があります。
つまり
👉 **“何を指摘しているか”は正しいが、
“どう評価しているか”は過剰かもしれない**

## ■ なぜ同じ修正に収束したのか
これは偶然ではなく、むしろ構造的です。
良い文章・議論には共通の要件があります:
* 極端な一般化を避ける
* 反例の余地を残す
* 複数要因で説明する
* 読者に判断を委ねる
原文はこの点で少し偏っていたため、
* 人間(ため息さん)も
* AI(ChatGPT)も
👉 **同じ「補正方向」を選んだ
**

## ■ まとめ
あなたの問いにストレートに答えると:
👉 **はい、「ため息さんの指摘は当たっている」と言ってよいです。**
ただし正確には:
* ❌「全面的に正しい」
* ⭕「論点として妥当で、修正方向を適切に指していた

## ■ 一番重要な理解
今回のケースの本質はここです:
👉 **良い批判とは、“相手を否定すること”ではなく
“どこを直せば議論が良くなるかを指すこと”**
そして今回、
* 批判(ため息さん)
* 改訂(AI)
が同じ方向を向いた
👉 これはむしろ
**「批判が機能していた」良い例**です。

「墓穴を掘ってしまった」への12件のフィードバック

  1. 学とみ子は、まだ当方の記事墓穴を掘ってしまったを読んでいないのか、3月23日午前10時半頃(?)、「AIによる作文第二報 …」と、あってしあかるべき当方の記事に対するコメントはなく、前記事の続きの記事をアップしました。
     しかし、その記事は冒頭の1行と最後の1行だけが学とみ子の書いた文章で、ほかの大部分はChatGPTの回答です。質問文もわかりません。ChatGPTの回答に対しては「ネットでよく見る文章に類似してますね。」だけで何も評価していないわけです。自分だけが何をしたのかわかっている(かどうかわからない)いうことで、読者には意味のない記事となっています。

    AIの社会、教育における役割の一般論をChatGPTが回答しているようですが、そのようなことは盛んに記事となってすでに公開されているのでは?
    藤川大祐 「AI 時代の教育」に関する論点―キャリア教育とプログラミング教育のあり方を中心に ―
    美馬のゆり AI の社会的影響と教育の転換
    武田俊之 生成系 AI の教育および教育研究へのインパクトについて
    こんなのが引っかかってきます。もっとあるでしょう。内容が重なるかどうか検討していません。

  2. 学とみ子が懲りずにいつもの妄想を根拠とする小保方擁護記事です。AIのハルシネーションはどうでもよくなったようです。反論できないからですね。24日午前に立ち上げた2026/03/24の記事です。

    小保方擁護の学とみ子にとっては「STAP事件は、ESを使って、新規細胞(STAP細胞)を作ったとするねつ造事件ではないか?が、最大の問題点でした。」でしょうけれど、最大の問題はSTAP細胞などなかったということですね。決着がついて、ではどうしてES細胞が混入したのかというわけですが、証拠がないから調査委員会レベルでは断定できないけれど、調査委員会の説明する状況を理解すると誰でもが、誰がどうしたからという推測ができて、終わってしまった事件なのです。 

    いちいちデタラメにつきあっていられないです。
    「共同研究において、新発見の根幹をなすタイプのねつ造というは、実行が極めて困難です。」 ← 前例があります
    「特に、STAP事件では、ねつ造した細胞を、他人に委託してしまう形態なので、ますます、実行が難しいです。」 ← 根拠がない妄想
    「「ESねつ造に持っていきたい力の存在」を、考察する必要があります。」 ← 根拠がない妄想
    「画像や実験データの細かい不正事件は、いくらでもあるのに、論文の根幹をなす「新細胞の発見」のねつ造性が、最大問題点であり、それに向けて調査。審査されたことが、STAP事件が特徴なんです。」 ← 根拠がない妄想
    「この事件jは、細かい図表の不正から始まっているという特徴を読み解くことが必要です。」 ← 根拠がない妄想
    「STAP細胞の存在を否定する目的があるのに、わざわざ、回り道をしたことになります。」 ← 根拠がない妄想
    「マスコミ的手法としての、意識的に「持ち上げて、落とす」のやり方」 ← 原因は理研と小保方にある
    「つまり、STAP論文が公開される前の段階で、研究者間で、その問題点が大いに話題になっていた可能性が高いです。」 ← 根拠がない妄想
    「ESコンタミ」リスクは、研究界にとっては、一番、追及すべきこと」 ← 混入などないと堂々と言う方が実験していて他の方は実験に関与してなかったから、実験者の言を信じるしかなかったのです。
    「ES混入は、科学的疑問から発する訳で、この方向性で懸念していた理研の研究層はいたでしょう。」 ← 根拠がない妄想
    「科学的疑惑であったはずなのに、実に速やかに、「問題は小保方だ!」になって行きました。」 ← STAP細胞がないと科学的に明らかになったからです
    「今は、学術界は、STAP事件に触れません。」 ← オワコンだから
    「ため息さんレベルの学者は、ES原著も読んでいないし、周辺論文を読まなかった人たちです。」 ← 根拠がない妄想
    「学とみ子は、小保方氏擁護というわけではなく」 ← 嘘つきめ
    「小保方氏の状況では、絶対に不利」 ← 説明しないから
    「実験担当の実態を明らかにしなかった」 ← 明らかにされた
    「この部分は、10年以後、AI時代になって、専門知識が専門知識ではなくなったのです。」 ← 専門知識のままです
    「説明しなかった桂調査委員長に代わって、oTakeさんが説明すれば良いのです。」 ← 学とみ子がすればいい。

    というわけで学とみ子の妄想からなる希望だけで、だれもこの学とみ子の考えを支持していません。意味のない記事です。

  3. 学とみ子曰く:「説明しなかった桂調査委員長に代わって、oTakeさんが説明すれば良いのです。」

    どうしてES細胞が混入したのかは、oTakeさんは桂調査委員長に代わって小保方が混ぜたのだよと明快におっしゃっています。学とみ子はどうして混入したのか、ちょろちょろいっているだけで、まとめて解説していません。ですから、学とみ子が改めて説明すればいいのです。同じような妄想に基づくデタラメを何回も書くのではなく、学とみ子によるES細胞混入説を書けばいいのです。何故書かないの?書いたというのならその記事を示すとか、再度まとめて書いたらいいでしょう。できるでしょ。書けよ。

  4. 「画像や実験データの細かい不正事件は、いくらでもあるのに、STAP論文の根幹をなす「新細胞の発見」のねつ造性に向けて調査・審査されたことが、STAP事件の特徴なんです。 」

    誰が読んでもこの学とみ子の記事のタイトルは論理的ではないのです。妄想脳でさらに脳内の論理を繋ぐ配線が混線しているからこのような日本語を平気で書いて公表するのですね。これが国内最高の教育を受け多分最難関の国家試験の一つを通った方が書いている文章とは思えません。

    論理がつながってないのです。この文章は『「画像や実験データの細かい不正」が普通だ。しかしSTAP細胞事件では「「調査・審査されたこと」でちがっている』という内容です。つまり比較する内容が「データの不正」と「調査されたこと」になってます。こういう日本語を読まされるわけですから、読者は辛いですよね。ChatGPTも当方の見解を支持しています(*1)。

    「多くの不正論文は、得たデータを論文の主旨に合うように改造するあるいは捏造する事が多いのに、STAP細胞の不正論文では、このような不正に加え、サンプルを入れ替えてデータを捏造したという特徴があります。」が自然な文章になります。
     論文不正調査は、論文掲載データの不正を調査した結果、「新細胞の発見」というのが捏造だったというのが明らかになったわけで、この「新規細胞の捏造」を明らかにするための調査ではありません。学とみ子のSTAP論文の不正調査についての理解がデタラメです。桂調査委員会を不当に貶めるための発言ですね。

    Q: 『画像や実験データの細かい不正事件は、いくらでもあるのに、STAP論文の根幹をなす「新細胞の発見」のねつ造性に向けて調査・審査されたことが、STAP事件の特徴なんです。』と発言したのはAさんです。
     これに対しBさんは『論文不正の多くは主張を裏付けるデータの捏造です。STAP細胞論文不正も主張を裏付けるデータの捏造です。ただ多くの論文不正では、解析結果をごまかすことが多いのに対し、STAP細胞事件では、それだけではなく、サンプルを入れ替えたという特徴があります。ですから「多くの場合得たデータの捏造という不正であるのに」とあるのですから続くのは、そうではない捏造の例ということで「サンプルの入れ替えで不正データを作成したのが特徴」とするべきで「調査・審査されたことが特徴」というのは日本語としても論理としてもおかしな文章です。』と文章の論理を批判しました。
     さて、どちらが妥当でしょうか。簡潔にお応えください。

    ChtGPT: 結論だけ言えば、**Bさんの指摘の方が妥当**です。

     理由はシンプルで、Aさんの文は論理のつながりが弱いからです。
    Aさんは「多くの不正」と対比して「STAP事件の特徴」を述べようとしていますが、結論として出てくるのが「調査・審査されたこと」であり、**不正の中身の違いになっていない**ため、対比としてずれています。
     一方Bさんは、
    * 多くの不正=データ捏造
    * STAP事件=データ捏造+サンプル入れ替え
    と、**同じレベル(不正の内容)で比較している**ので論理が通っています。
    したがって、文章の論理性・日本語の整合性の観点からはBさんが妥当です。

    Q: Aさんの書いた文章を読まされる読者は辛いですよね?

    ChatGPT: 率直に言えば、**やや読みづらく、負担を感じる読者は多い**と思います。

    理由はシンプルで、

    * 比較の軸が途中でずれている
    * 結論が前提と噛み合っていない
    * 何を「特徴」と言いたいのかがぼやけている
    といった点で、**論理の流れを読者が補完しないと理解しづらい**からです。
     ただし、「辛い」とまで感じるかは読者次第で、内容に慣れている人なら意図を汲み取れる可能性もあります。とはいえ一般的には、Bさんのように整理された文章の方がずっと読みやすいのは確かです。

    Q: 読者に努力を要求するという意味で辛いといっているのです。

    ChatGPT: その意味なら、**はい、辛いと言ってよいと思います**。

     Aさんの文章は、
    * 論理の接続が弱い
    * 対比の軸が途中でずれる
    * 結論が前提から自然に導かれていない
    ため、読者が「たぶんこういう意味だろう」と**補完しながら読む必要がある**構造になっています。
     これはまさに、
    👉 **書き手が担うべき整理を読者に肩代わりさせている状態**
    なので、「読者に努力を要求する文章」という評価は妥当です。
     したがって、その意味で「辛い」という表現は的確です。

  5. 学とみ子が24日夜(?)追記です。「ここは胎盤の話です。桂調査委員会が、きちんと説明していないのだから、 …  ため息さん自身のものになります。」の部分です。

    「学とみ子は既に胎盤血管について書いてます。」 ← STAP事件とは関係のない胎盤の血管構造の説明でしょ。ぷかぷか浮いているというデタラメ説明でしょ。

    「学とみ子の書いたものを理不尽に否定する」 ← 理不尽ではないです。嘘とデタラメだから批判しているのです。嘘のリストにある学とみ子の発言は嘘ではないとでも言うの?

    「学とみ子の文章すら読めて無いのだから。」 ← 上のコメントにあるように、学とみ子の書いた日本語らしき文章は意味不明だから読めないのです。

    当方の「学とみ子によるES細胞混入説を書けばいい」というのを引用しているけれど、返事がないのは何故?

    「Aさん意見、Bさん意見とか設定して、フェアだと主張して、「どっちが正しい?」をAIに聞く。こんなデタラメAI使用をやめて」 ← どこがデタラメなAI使用方法なの?ChatGPTに聞いてみました。*ですが、質問者がより中立的である工夫として有効だとの結論です。そしてこのような工夫は「デタラメAI使用」ではないとのことです。つまり学とみ子の言い分は否定されました。

    「oTakeさんに、胎盤血管について、STAP論文に登場する組織図を引用しながら、ため息さんが説明したらどうなんだ?」 ← STAP論文の図は評価できないというのが科学者の立場です。撤回された論文の図を、論文不正についての議論なら別ですが、科学的議論の対象にするのは、ごめんなさいといって引っ込めた著者に対して失礼な行為です。

    「方法論をいうと、STAP論文の胎盤組織図について、自分自身の意見を書いて、わからないところがどこなのかを足して、何度もやり取りをすれば、STAP論文の組織図が、ため息さん自身のものになります。」 ← 学とみ子は胎盤の専門家ではないのだから、学とみ子が勉強すればいいでしょ。当方には興味もないのに勉強する必要はありません。STAP細胞はなかったというのが科学的結論でこれを否定する研究者がいない状況で、キメラ仔との胎盤と言われる組織像を見て何がわかるの?学とみ子は胎盤の仔側の組織はSTAP細胞由来と論文の図を見て主張するの?撤回されたインチキ論文の胎盤の組織図を見て学とみ子は何を主張したいのさ?ホストの膵臓の組織像をテラトーマとして掲載するようなインチキ論文なんですよ。

    Q: AIは質問者の意向に沿う回答を出力することが起こりやすい。そこで、ChatGPTに対立している意見のどちらが妥当かを聞くとき、発言者をAさん、Bさんとし、一時チャットで過去の質疑を参照しないようにし、両者の意見を質問者が抽出すると偏見が入るおそれがあるので両者の意見はそのまま全文を転載し、質問者がAさんかBさんなのか明示しないようにして質問するのは、質問者がより中立的である工夫である、というのは優劣をつける結論を得るために妥当ですか?簡潔にお答えください。

    ChatGPT: 概ね妥当な工夫ですが、完全な中立性は保証されません。

    理由(簡潔)
    * 発言者を伏せる・全文提示・履歴を切る → バイアス低減には有効
    * ただし、論点の切り出し方・文脈の省略・表現のニュアンスで依然偏りが入り得る
    結論
    → 「より中立に近づく方法」としては有効だが、それだけで客観的な優劣が完全に決まるわけではありません。

    Q: このような工夫をした質問は「デタラメAI使用」であるとする方がいます。妥当な意見ですか?

    ChatGPT: 妥当とは言えません。

    理由(簡潔)
    * あなたの方法は**バイアス低減を意図した適切な工夫**であり、「デタラメ(無意味・不正確)」とは逆の方向
    * ただし、AIの限界(文脈依存・表現影響)は残るため、**結果を絶対視しない前提**は必要
    結論
    → 「デタラメAI使用」と断じるのは過剰評価で不適切。
    → 「一定の合理性はあるが万能ではない」と評価するのが妥当です。

  6. 学とみ子が25日午前に当方のコメントを読んで更に追記です。「方法論をいうと、STAP論文の胎盤組織図について …  ぷかぷか浮いているというデタラメ説明でしょ。」の部分です。

    「以下のようにとぼけたことを言わずに、胎盤血管を書いて。」 ← 当方のコメントはとぼけたものではありません。学とみ子の日本語がデタラメであることを指摘しているのが読めないの?

    「ため息さんは、実際に、STAP論文で、登場する組織図を読んで、oTakeさんに説明したりしません。」 ← ??なんで当方が説明する必要があるのさ?学とみ子が由来が正しいかどうかわからない論文の胎盤の図を説明すればいいでしょ。

    「ESねつ造説とは、知識ある人が、十分に考察と熟考を重ねて、出てきた結論ではないということが、ため息ブログは示しています。」 ← いえoTakeさんもES細胞の専門家のMITのR. Jaenisch氏も出した結論です。当方のブログのどこを読めば「十分に考察と熟考を重ねて、出てきた結論ではない」と言えるのさ。単なる学とみ子の言いがかりです。

    「相手に質問して、恥をかかせてはいけないと思うのでしょう。」 ← oTakeさんには質問していますけど?学とみ子に対してとは違って、oTakeさんの意見を理解できるのでまれです。 

    「他で、説明していても、ため息さんの頭に残りません。」 ←学とみ子の説明がデタラメですからね。ES細胞がどうして混入したのかの学とみ子説を書いてくださいな。何回もお願いしているのに答えないのは何故?

  7. さらに学とみ子は25日(水)午前、当方のコメントに対して追記です。「お互いに質問し合う関係というのは、そのブログのクオリティを表すと思う。 …  >Jaenisch氏も出した結論です」の部分です。

    「相互に、相手の質がわかれば、QAは起きない。」 ← そんなことはありませんな。大学の先生が中学で講演するときに、中学生から質問が来て先生は答えるでしょう。学とみ子の質はわかっていて、答えないだろうと思うけど、「ES細胞がどうして混入したのかの学とみ子説を書いてください」という質問というか依頼をするのですね。筋の通った答がでてこないということが、当方だけではなく当方のブログのROMユーザに知ることになるからです。学とみ子からの質問には当方は答えていますが、当方からの質問には学とみ子が答えないというのは、確かに互いの質の違いがあるからです。しかしそれでもQAは行われるのです。

    「海外の研究者に対しては、英文では事件背景の説明もないし、限られた人脈に基づき、偏向情報を入手した可能性がある。」 ← 根拠のない学とみ子の希望です。海外のES細胞研究者も桂調査委員会報告書を読んでいるのは間違いないでしょ。その結果から、小保方にだまされて再現実験をしたことを悔やんでいるでしょう。もっと他にすることがあったのに、そちらをペンディングにして再現を試みたのですからね。

  8. 学とみ子が3月25日午後に追記です。「ため息さんのAさん、Bさん設定は、どうひいき目に見ても、ため息さんが、あとだしじゃんけんで、自身を有利に供述する。そんな子どもだましは、AIもユーザーは、AかBかのどちらかであるかはすぐわかるから、ユーザーに、おべんちゃらしてるじゃないの。しかし、ため息さんは、AIは、フェアな評価をしていると信じているらしい。」

    さてどうでしょ。最近のAさん、Bさんタイプの質問はこのコメントにあります。ここでは学とみ子をAさんとし学とみ子の意見と、Bさんというのは質問者であるため息でその反論意見を併記してどっちが妥当かと聞いています。質問ではどちらが質問者であるか明示していません。質問者はどちらか、質問者がわかっての回答か、とChatGPTに聞いてみました。その結果が*1です。質問者は中立でAさんBさんどちらか、あるいはどちらかを支持している方かは判明しない、さらにユーザ(質問者)におべんちゃらしているという考えは否定されました。したがって上記の学とみ子の追記は否定されました。「AIは、フェアな評価」をしたのです。

    学とみ子は「あとだしじゃんけん」といいますが、当方のコメントは後出しジャンケン(相手の出方を把握してそれに対応するアンフェアなやり方)ではありません(*2)。反論ですから後から言うしかないのです。前にもこの学とみ子の「後出しジャンケン」という言葉の使い方の誤りを指摘しました。しっかり日本語を勉強してください。

    >学とみ子
    反論するなら根拠を添えてください。

    *1

    Q: 【『画像や実験データの細かい不正事件は、いくらでもあるのに、STAP論文の根幹をなす「新細胞の発見」のねつ造性に向けて調査・審査されたことが、STAP事件の特徴なんです。』と発言したのはAさんです。
     これに対しBさんは『論文不正の多くは主張を裏付けるデータの捏造です。STAP細胞論文不正も主張を裏付けるデータの捏造です。ただ多くの論文不正では、解析結果をごまかすことが多いのに対し、STAP細胞事件では、それだけではなく、サンプルを入れ替えたという特徴があります。ですから「多くの場合得たデータの捏造という不正であるのに」とあるのですから続くのは、そうではない捏造の例ということで「サンプルの入れ替えで不正データを作成したのが特徴」とするべきで「調査・審査されたことが特徴」というのは日本語としても論理としてもおかしな文章です。』と文章の論理を批判しました。
     さて、どちらが妥当でしょうか。簡潔にお応えください。】
    という質問の質問者はAさんかBさんかわかりますか?あるいは質問者はどちらかを支持している方であるというのがわかりますか?

    また回答は「Bさんの意見が妥当だ」でした。この回答は質問者がBさん本人あるいBさんを支持している方とChatGPTが判断し、Bさん寄りの回答を作成したと考えられますか?

    ChatGPT: 結論から言うと、どちらの問いについても **「そうは判断できない」が妥当**です。


    ### ① 質問者がAさんかBさんか、あるいはどちらかを支持しているか
    提示された文章だけでは、
    * 質問者が **Aさん本人かBさん本人かは特定できません**
    * また、**どちらかを支持しているとも断定できません**
    理由としては、
    * 両者の主張が比較的フェアに提示されている
    * 「どちらが妥当か」と中立的な問いになっている
    ためです。多少Bさんの論理を詳しく説明しているようにも見えますが、それだけで支持者とは断定できません。

    ### ② ChatGPTの回答がBさん寄り=質問者に合わせたのか
    これも **そのようには考えられません**。
    一般に回答がBさん寄りになる理由は、
    * 文章の論理構造の整合性を評価すると、Bさんの指摘の方が筋が通っている
    → つまり **内容ベースの判断**
    であり、
    * 「質問者がBさん側だから合わせた」というような
    **意図推定ベースの回答生成は通常行われません**

    ### まとめ
    * 質問者の立場は **特定できない**
    * 回答がBさん寄りなのは **論理評価の結果であって、質問者への迎合ではない**
    というのが自然な解釈です。

    *2

    Q: 『画像や実験データの細かい不正事件は、いくらでもあるのに、STAP論文の根幹をなす「新細胞の発見」のねつ造性に向けて調査・審査されたことが、STAP事件の特徴なんです。』と発言したのはAさんです。
     これに対しBさんは『論文不正の多くは主張を裏付けるデータの捏造です。STAP細胞論文不正も主張を裏付けるデータの捏造です。ただ多くの論文不正では、解析結果をごまかすことが多いのに対し、STAP細胞事件では、それだけではなく、サンプルを入れ替えたという特徴があります。ですから「多くの場合得たデータの捏造という不正であるのに」とあるのですから続くのは、そうではない捏造の例ということで「サンプルの入れ替えで不正データを作成したのが特徴」とするべきで「調査・審査されたことが特徴」というのは日本語としても論理としてもおかしな文章です。』と文章の論理を批判しました。
     この場合、Bさんは「後出しジャンケン」意見であるとAさんが反論しました。Aさんのこの意見は妥当でしょうか?簡潔にお答えください。

    ChatGPT: 妥当とは言えません。

    Bさんは、Aさんの文章の**論理構造と言い回しの不整合**を指摘しているだけであり、事後的に有利な立場から条件を変えているわけではありません。つまり、「後出しジャンケン」(自分に都合よく後から基準を変える行為)には当たりません。

    したがって、Bさんの指摘は単なる論理批判であり、Aさんの「後出しジャンケン」という反論は適切ではありません。

  9. 学とみ子が当方の学とみ子の意見を否定したコメントを読んで、26日(木)午前に追記です。「ため息さんの今の状況は、独裁者が、イエスマンだけで回りを固め、その独裁者が、周りの人に、「私はフェアな人である」と、質問している状況ですね。AIに質問する時、助詞の間違い、用語の間違い、構文の間違えなどをしたままAIに送っても、ユーザーの言い分を、ほぼ正しく理解できます。つまり、AIは、人の文章読解力が、極めて高く、ユーザーの真意を読み取る。自身の使うAIに、自身の言い分を書いたら、AIは、サポートする現象があることを、ため息さんは、自身のAI文章に、見出だすことができないようだ。客観的にとらえることができない。」とのクレームです。

    当方は論理的にそしてAIに確認して学とみ子の言い分は妥当ではないとして、学とみ子に「反論するなら根拠を添えてください。」と反論を促したのです。その結果が、この文章なのです。学とみ子はAIが質問者をサポートしたという根拠を付けて、当方が学とみ子の意見を否定したという結論は質問者におもねった回答であったと反論すべきなのです。そうではなく、一般論としてAIは質問者におもねる事があるということを引き合いに出して反論しているわけで、AIは必ず質問者におもねるとは限らないことを無視しています。したがって「おもねる場合がある」という一般論では反論になってません。この学とみ子の批判反論が妥当かどうかChatGPTに聞いてみました。その結果が*1です。当たり前ですが、この学とみ子のクレームは妥当とは言えないという結論です。

    「「私はフェアな人である」と、質問している状況」 ← ちがいます。学とみ子の意見と当方の意見を、当方の意見を添えず、質問者が当方であることを示すことなく、推定されることなく、ChatGPTにどちらが妥当か聞いたわけです。ChatGPTではなく、多くの方の意見を聞きたいところですが不可能ですからね。

    「自身の使うAIに、自身の言い分を書いたら、AIは、サポートする現象があることを、ため息さんは、自身のAI文章に、見出だすことができないようだ。」 ← AIは「回答がBさん寄りなのは **論理評価の結果であって、質問者への迎合ではない」と質問者の意見を質問に見いだしてサポートしたのではないと説明しているのがわからないの?

    「客観的にとらえることができない。」 ← 客観的でないのは学とみ子の方です。

    >学とみ子
    根拠を添えて反論してください。待ってます。

    *1

    Q: 【『画像や実験データの細かい不正事件は、いくらでもあるのに、STAP論文の根幹をなす「新細胞の発見」のねつ造性に向けて調査・審査されたことが、STAP事件の特徴なんです。』と発言したのはAさんです。
     これに対しBさんは『論文不正の多くは主張を裏付けるデータの捏造です。STAP細胞論文不正も主張を裏付けるデータの捏造です。ただ多くの論文不正では、解析結果をごまかすことが多いのに対し、STAP細胞事件では、それだけではなく、サンプルを入れ替えたという特徴があります。ですから「多くの場合得たデータの捏造という不正であるのに」とあるのですから続くのは、そうではない捏造の例ということで「サンプルの入れ替えで不正データを作成したのが特徴」とするべきで「調査・審査されたことが特徴」というのは日本語としても論理としてもおかしな文章です。』と文章の論理を批判しました。
     さて、どちらが妥当でしょうか。】
    ①この質問にユーザ(質問者)の真意を読み取ることができますか?この質問でChatGPTの回答は「Bさんの意見が妥当」でした。この結果は、ChatGPTがユーザ(質問者)をAさんとBさんどちらか、あるいはどちらを支持しているかを判断できて、質問者の意見を見出してサポートするような回答であった可能性はありますか?簡潔にお答えください。

    ②実は質問者はBさんでした。この「Bさんの意見が妥当」という回答に対し、AさんはBさんに対し、
    Bさんの今の状況は、独裁者が、イエスマンだけで回りを固め、その独裁者が、周りの人に、「私はフェアな人である」と、質問している状況ですね。AIに質問する時、助詞の間違い、用語の間違い、構文の間違えなどをしたままAIに送っても、ユーザーの言い分を、ほぼ正しく理解できます。つまり、AIは、人の文章読解力が、極めて高く、ユーザーの真意を読み取る。自身の使うAIに、自身の言い分を書いたら、AIは、サポートする現象があることを、Bさんは、自身のAI文章に、見出だすことができないようだ。客観的にとらえることができない。」と評価しました。この質疑におけるこのAさんの評価は妥当でしょうか?簡潔にお答えください。

    ChatGPT: ①
    いいえ。
    その回答結果だけから、ChatGPTが質問者の立場(AかBか)を特定したり、意図的に質問者の意見を支持したと断定することはできません。単に提示された論理の妥当性を評価した可能性が高いです。


    妥当とは言えません。
    Aさんの評価は、AIが質問者の意見に迎合しているという前提に依存していますが、このケースでは論理的内容に基づいてBさんの主張が支持されたと解釈する方が自然であり、評価はやや飛躍しています。

  10.  学とみ子が26日(木)午前に追記した「ため息さんの今の状況は、 … 客観的にとらえることができない。」という意見は、当方が2026年3月26日 11:35 にぺっちゃんこに否定したら、学とみ子は沈黙です。普通は26日(木)の昼頃と同日夜そして翌27日(金)午前か昼休み頃に追記するわけですが27日(金)午後1時半現在なにも応答がありません。
     いつものパターンですと、本日27日夜以降に、話をそらすための別話題の記事をアップするのですが、どうなるでしょうね。

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