学とみ子が5月12日新しい記事をアップしていますが、相変わらずのSolo echo chamberです。URLの番号が55から59に飛んでいるところをみるとこの6日間なにやら書いては消しを繰り返していたようです。
「残念なことですが、学とみ子文章とは、思考の飛躍があり所詮素人文章です。そうした問題点をAIは修正してくれますので、AI文章になると、学とみ子文章は読みやすくなります。」 ← 一読では意味がわかりにくいので添削すると「学とみ子にとって残念なことですが、学とみ子の書く文章とには、論理思考の飛躍があり、所詮素人文章でしかないのです。そうした問題点をAIは修正してくれますので、AIの添削した文章になると、学とみ子の文章は意味が通るものに読みやすくなります。」
学とみ子にとって残念なことですが、学とみ子の書く文章には、論理の飛躍があり、所詮素人文章でしかないのです。そうした問題点をAIは修正してくれますので、AIの添削した文章になると、学とみ子の文章は意味が通るものになります。
思考には飛躍がなく思考の内容に飛躍がある、つまり話の筋・論理に飛躍があるのでしょう。
自分で反省しているのなら、推敲したらいいだろうに。
ChatGPTの回答を転載するわけですが、質問を示していないので、サイコファンシー・ハルシネーションだと思うのですが指摘しにくいです。
「重要なのは、結論を固定することで開けてしまいましたが い続けることである。」 ← ChatGPTの回答の丸ごとのコピペではないようです。AIはこのようなミスは犯しませんからね。
学とみ子曰く:「まとめの上記AI文章の「再現性は確認されなかった。」は、変更したいです。…ここを英語で強調していくことは、…相澤氏の発言を聞くことのできた世界の科学者たちは、…日本のかかえる研究所の管理の問題点を想像したはずです。…」等々の文章が質問文にあるのですが、ChatGPTの回答とする文章にはこれに該当する文章がありません。もしこの質問に対しての回答なら、英文の例を示したり、再現性の議論があるはずなのにありません。したがって、この質問に先立っていろいろなやり取りがあった後の回答なんでしょうね。そして、いつものようにAIの回答を転載するだけで、この回答についての学とみ子の回答に対する評価はありません。つまり、この質疑応答は読者にとって意味がないのです。きっと、学とみ子だけのsolo echo chamber となっているのでしょうね。
学とみ子曰く:「たとえ、酸浴細胞が少数であっても凝集塊ができ、それが光ったということは大事です。私は、それで十分だと思っています。」 ← 酸浴後の緑の蛍光はそのほとんどが自家蛍光でGFPの発現はあったとしても少なく、肝細胞では集合塊は別に酸に暴露しなくてもできるというのが丹羽氏の検証実験の結果でした。つまりOct-GFPを仕込んだ動物のリンパ球で緑に光ったのはほとんどが細胞が死ぬときの自家蛍光であり、そのような細胞が初期化された細胞であるという撤回された論文の主張は否定されたわけですが、学とみ子は小保方氏無実を主張したいがためにこのような発言を繰り返すわけです。もし”それ”が十分なら、桂調査委員会報告書が公開された後に、ほかの研究者が再現を試みるのに誰も実施していません。実施したのかもしれませんが成功していないのです。学とみ子が満足しても科学の世界では何の意味もないのです。
「相澤氏から直接、検証実験への批判もありました。本来、検証実験の指揮を執っている人が、このような「恨み言」を残すこと事態、異常です。」 ← 学とみ子は検証実験の責任者が「恨み言」を述べた理由は何だと思うのですか?異常だから何だと言うのでしょうか。これを書かないと意味がないでしょうに。
というわけで、学とみ子のAIとの質疑応答のレポートに意味を見出すのは困難なのですね。