小保方の博士論文は国会図書館にある草稿を製本したものであったのだが、博士号がとりけされちゃったのでもはやこれは博士論文ではなくなったのだ。ゴミになってしまったのだ。そもそも、この草稿が論文審査に提出され、修正要求があったものの、無視して草稿を、たった2部製本しただけなのだ。1部は大学に1部は国会図書館にある。自分のはない。凄まじい人ですな。
博士論文はどんなのだというのが、以下の記述だ。
博士論文は基本的には博士論文審査を通り、必要な修正等を行って製本した論文だ。 これがないと、博士ではありえないわけだ。 博士号を与えるか否かは、大学の権限で、その論文が雑誌に掲載されていることとは本来関係がない。審査の主体は大学なんだから、どこぞの雑誌に掲載されていようがいるまいかは関係がない。 しかし、それでは審査委員会に通ったら公表せずにおしまい、ということになる。昔は博士論文がほとんど非公開に近かったので、外部にきちんと公開=雑誌に投稿しなさいということになったのだ。
博士論文そのままでは、どこの雑誌も認めないので、雑誌にふさわしく短くした論文が投稿されるわけだ。博士論文の序文なんてのは、それこそギリシャ時代からの歴史が書いてあったりするので、雑誌にはふさわしくない。ネガティーブ・データだって博士論文は自由に記載していいのだが、雑誌では不要だ。論文の長さ制限があるから、どんどん削っていくわけだ。博士号の条件としてこの外部発表しますよという一文を書く必要がある・あったのだ。
必ずしもトップレベルの雑誌が掲載してくれるわけではないので、それぞれの大学には紀要というのがあって、これだったら、内々だからなんとか掲載してくれる。つまり博士論文があってそのあと雑誌論文があるというのが昔だったのだ。 京都大学の博士号取り消し要件に公表の不履行とあるのはこのことだ。
ところが、最近は、博士論文提出の条件に、査読付き国際雑誌にファーストオーサー(あるいはそれ相当)の論文が1つはないと申請資格がないというところが増えてきた。研究のテンポが早くなり、在学中に論文の1つや2つがあるのが珍しくないのだ。
早稲田は2つなければいけない。2つというのは、まともに考えるとかなり厳しい。学生が3年(医学部では4年、以下略)で論文を作成することすら難しいわけで、それが2つというのはハードルが高すぎると思う。とすると国際雑誌=英語雑誌であればいいわけで、某Tissueなんちゃらみたいな雑誌でもいいことになっちゃうわけだ。ハードルを高くすると、本来の目的ではなくその抜け道ができてくるのだ。
さて、博士申請には雑誌に掲載された論文を必要とするということになったら、博士論文はその掲載した内容を含むことになるのが普通だ。3年間に、博士論文と全く関係のない論文を作ることは普通の学生には無理でしょ。雑誌掲載論文が単著であることは、現在はほとんどありえない。研究資金も場所も機械も指導教員のものだから、ラスト・オーサーは指導教員=親分になるでしょ。共著だから博士論文に雑誌に掲載した内容を使っていいかと全ての著者の許可が必要になる。同じレベルの博士課程の学生が共著者になって、そいつもこの論文を使って博士論文を作成するというようなことがない限り、大抵、共著者はすでに博士号を持っているから承諾は容易に得られる。あらかじめ、博士論文にするという前提で実験を行っているからね。
この場合、雑誌に掲載したのと同じ写真、グラフが博士論文に使われる可能性が高いのだが、博士論文はなにやら公開に制限がありそうでなさそうで、著作権についてはうやむやになっている。雑誌掲載のときは、大抵著作権は雑誌社にあるという書類にサインしないと掲載されないので、著作権は出版社にあることが多い。博士論文はPDFで不特定多数が読むことができるようになっている現在、非常にまずい状況だと思うけどどうなんだろ。
それとは別に、この雑誌掲載された論文がなければいけない、また雑誌掲載と同じような内容の論文でもよいということから、その雑誌の論文の別刷が博士論文そのもにになっちゃっている場合が、かなりある。特に臨床医学分野で多いのではないかと思う。こういう論文が博士課程審査にでてくると、これを却下することは非常にむずかしいことになる。なんせ、その分野の複数の専門家が査読してOKとなった論文を、専門分野ではない主査・副査が審査するわけで、否定するのは非常に難しい。
こうなっちゃうと、博士号を認めるのは大学でなく、雑誌のレフリー(査読者)、エディタになっちゃうわけだ。 これはあんまりだ。雑誌に投稿した論文は博士申請した大学院学生が書いたとは思えないのに博士論文としちゃうことになる。
というわけで、このような雑誌掲載論文そのものを、博士論文とするのはおかしいので、博士論文は、dissertation(書き下ろし)形式でないとだめとなりつつあるのではないだろうか。こうすると医学部では臨床の先生が文句を言うのだ。指導する時間がないからできないという。なんか本末転倒だ。だから妥協して、せめて序の部分は書き下ろしにしなさい。方法以下は雑誌と同じでもいいよということになる。 だから、博士論文の審査では、まず、We となっているところが I に修正されるのだ。博士論文なんだからな。
(続く)
「論文捏造」カテゴリーアーカイブ
博士号の取り消し
普通の大学では博士号を「不正手段で得られたものは取り消すことができる」となっている。当然ですな。ところが、「学位を授与された者がその名誉を汚す行為をおこなったとき」という項目が多くの大学であるらしい。一研究者・教育者の意見 というブログで 43. 在米ポスドク さんが調べてコメントに記述している。
東京 不正
京都 不正・公表の不履行
大阪 不正・名誉
東北 不正・名誉
名古屋 不正・名誉
九州 不正・名誉
北海道 不正
東京工業 不正
筑波 不正・名誉
広島 不正・名誉
千葉 名誉・不正
岡山 不正・名誉
神戸 不正・名誉
東京医科歯科 不正・名誉
金沢 不正・名誉
やばいじゃん。管理者も姿勢を正さないと。
どうして審査会提出版すらないの?
「公聴会時論文が合格相当である」は公開の博士論文審査のときの判定として普通である。しかし、公聴会は一般公開だから、主査などの審査員や、他のフロアの聴取者からの質疑に対する応答、議論が当然ある。これらの議論を踏まえた必要な「(誤字脱字を含めた)修正が行われた論文が提出されたら」というのが、この「合格相当」の一つの意味である。
もう一つは形式的で、正式には教授会(あるいはその上の大学院を取りまとめる大学全体の組織)が合格認定するので審査会では決定できないので「合格相当」ということになる。
後者はほとんど形式的なので別にして、主査は審査会終了後、訂正がなされたら合格と申請者に伝える。そのあと改訂点をリストした書類とともに、改定版を主査、副査に提出し、改訂がなされたことが確認されたら、主査が教授会に主査、副査の署名捺印のある審査報告書を提出し、教授会で博士号の授与が承認されるという手順になる。
ちなみに教授会での賛否は投票なわけで、ほとんどの教授は専門が異なるのでその論文を理解できないわけで、賛否の拠り所は指導教員にある、つまり指導教員の評価になるわけだ。満票で承認されると、当の学生ではなく指導教員が喜ぶわけだ。
これが普通の博士論文審査の過程だと思う。早稲田は知らんけど。
というわけで、国会図書館に保存されている博士論文が、審査に提出したものであってもおかしいわけで、それがさらに以前の草稿が製本されて存在するというのはありえないことと、博士論文審査に関わっている人たちは思うわけね。そんな草稿は自分自身が1部持っているだけで、これに手書きで加筆したりするものなわけで、これを複数部印刷することもありえないわけだ。したがって審査に提出した論文すら存在したのだろうかと疑問に思うわけだ。審査も関係者ばかりだったので、審査に提出した論文がこの「草稿」であっても、審査員はろくに読みもしなかったのではと疑われる。審査に提出した電子ファイルも紙ベースの論文も捨てちゃったんだろうか?普通は電子ファイルはどこかにバックアップされているはず…
草稿にしても他からの図をコピペというのもありえないのだ。こういうイメージの図というのを手書きにして仮置きするのだ。審査会に提出した論文は、この草稿であって、本当に自分で書いた論文はなかったのでは?だから審査会で指摘された点を修正した論文もないわけで、口頭で「合格相当」と言われたもんで、そのまま走っちゃたんだよね。だれもチェックしないのを知っていたわけだ。すごいね。
この改訂版の確認を主査以下が行わなかったので審査員にはペナルティを与えられたわけだ。
小保方は、もしあるのなら、その改定された本来の製本されてしかるべき版を再提出して差し替えて貰えばいいのに、印刷もしていなかったようで、電子ファイルもない(日付で判定できなかった)わけだ。製本は複数冊行うのが当然で、ご自身が黒表紙金文字の製本された論文を持っているはずだ。どうです?読者で博士号を持っている方は自分自身の黒表紙金文字の博士論文を1冊持っているでしょ?
自分で製本された論文を見たにちがいないわけで、その時点でミスがわかったはずだ。
審査委員会直後の修正した論文さえあれば、なんとか差し替えですんだわけだが、それがない=修正されていない ということなんでしょ。
論文内容は「合格相当」と調査委員会での判定はあったけど、適切な処理がその後なされていないので「不正相当」とされたわけだ。早稲田も苦しいけど超法規的に対処したのね。その原因はズボラな小保方とチェックすら行わない主査以下の教員両方にあるのだ。
あなたはどっちの言い分を支持する?
小保方は早稲田大学の博士号を取り消され、その通知を10月30日午後受け取り、11月2日の早稲田大学の記者会見に先立って、怒り狂った声明を発したわけです。
●今般の早稲田大学の決定について
2015年11月2日
小保方晴子
私は、学位論文について、実質的な審査対象論文と異なった初期構想時の論文を誤って提出したことに対し、論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えて頂きました。このため、大学設置の調査委員会によって指摘された問題点をすべて修正して論文を再提出したところ、このたび、前回の授与時判断と異なった結論を出されました。
昨年、総長からは、指導過程および学位授与の審査過程に重大な不備・欠陥があったとの理由から、猶予期間を設けて論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えるとし、これが適切に履行された場合には取り消さず学位を維持する、とのご決定を戴きました。私はこれに従い履行したにも関わらずの今回の決定には失望しています。
このような経緯の下での今回の判断は、総長のご決定の趣旨及びその背景にある大学調査委員会報告書のご意見に大きく外れるものであり、学位規則の取消要件にも合致しないものであると思います。
前回の学位授与は、私の在学中に研究活動を指導し研究の進捗状況等の報告をさせて頂いていた教官の先生方らによって、正式な審査過程を経たうえで授与されたものです。しかし、今回の同じ研究科における再度の審査過程では、今回の修正論文は博士に値しないとされることは、前回の授与時判断と大きくかい離する結論であり、指導過程、審査過程の正当性・公平性について大きな疑問があります。
今回は、修正論文提出前から、担当教官によって、「今回は合格する可能性はとても低い」と伝えられ、不合格の理由においても、審査教官から「博士として認めることのできないのは一連の業界の反応を見ても自明なのではないか」とのコメントがあり、学術的な理由とはかけ離れ、社会風潮を重視した結論を出されたことは明らかです。また、今回の修正作業は、入院中、加療中での修正作業となり、思考力・集中力などが低下しており博士論文に能力を発揮できる健康状態ではないとの診断書を大学に提出しておりましたが、ほぼ6年前の米国に保存されている研究資料を提出することなどを求められ、しかも厳しい時間制限等が課されるなど、心身への状況配慮などは一切なされず、むしろそれが不合格の理由にも採用されました。
修正論文提出後、「審査教官とのやり取りは始まったばかり」との説明を受けましたが、一回のやり取りだけで不合格の判定をされ、それに対する私の意見も聞く耳を全く持って頂けない状況でした。これでは、当初から不合格を前提とした手続きであり、とても不公正なものであったと思います。この点については、大学にも改善をお願いしましたが、残念ながら聞き入れて頂けませんでした。
博士論文の骨子となる内容はSTAP研究の足掛かりとなった研究成果であり、理研で行われた検証実験においても一定の再現性が認められているものです。
博士論文執筆当時、この研究が広く役立つ研究に成長していく事を夢見て日々を過ごしていました。私の研究者の道は不本意にも門が閉じられてしまいましたが、いつか議論が研究の場に戻る日を期待し、今回の再提出した博士論文や関連するデータは年度内をめどに随時公開して参る所存です。
以上
これに対し早稲田大学は小保方の声明は事実ではないと、反論を発したのだ。
早稲田大学の決定に対する小保方晴子氏のコメントについて
Posted Wed, 04 Nov 2015
早稲田大学は、2015年11月2日、小保方晴子氏の博士学位の取消しに関する記者会見を行いました。この直前に、小保方氏は、代理人を通じて、本学の処分に対するコメントを発しておりますが、そこには事実と異なるいくつかの点と誤解と思われる指摘がありますので、以下に主要な4点について本学としての見解をお示しいたします。
第一に、小保方氏は、前回の学位は正式な審査過程を経たうえで授与されたものであるにもかかわらず、今回の論文訂正において訂正論文が博士に値しないとされたことは、前回の授与時の判断と大きくかい離する結論であると主張されています。
しかし、小保方氏が審査対象となったものとは異なる論文を提出したことを受けて、本学は昨年10月6日の決定をもって、再度の論文指導などを行ったうえで、本来提出されるべきであった論文になるよう訂正を求めた次第です。したがって、2011年に実施された学位審査の基準と今回の決定に至る論文訂正の水準は、本質において何ら変わることなく、ただ「博士学位にふさわしい」論理的説明が科学的根拠に基づいて行われているかという点に尽きます。残念ながら、今回の論文指導は、小保方氏の事情によって十分な時間を取ることができず、指示された訂正作業を完了できないままに猶予期間が満了するに至ったということであり、本学として審査の基準を変えたわけではありません。むしろ、博士学位にふさわしい論文としての水準を低く設定するようなことがあれば、学位授与機関としての本学の博士論文審査の信頼性が問われることになると同時に、小保方氏ご本人の研究に対する信頼性も揺らぐことが危惧されるのであり、それはご本人にとっても不本意であろうと思われます。
第二に、担当教員によって「今回は合格する可能性はとても低い」、「博士として認めることのできないのは一連の業界の反応を見ても自明なのではないか」とのコメントがあり、学術的な理由とはかけ離れ、社会風潮を重視して結論を導いたと主張されています。
しかし、これらのコメントは前後の文脈を無視した引用であり、前者は、指導教員が、最初の面談で、「提出すれば必ず合格するというわけではないので、合格できるよう修正していきましょう」と言ったことを指していると推定されます。後者は、「不明瞭な疑惑がひとつでもある場合、またそれを解消する姿勢が著者に見られない場合、信頼できる博士および論文として認めるのは難しいことは、昨年の一連の業界の反応を見ても自明なのではないか。」という改訂稿に対する指摘の一部だと思われます。これはまさしく博士学位論文においては科学的根拠や論理的記述が十分に行われることが必要であることを指摘したもので、予断をもって指導に臨んだことを意味しません。
第三に、入院中、加療中での修正作業となり、思考力・集中力などが低下しており博士論文に能力を発揮できる健康状態ではないとの診断書を大学に提出していたが、心身への状況配慮などは一切なされなかったと主張されています。
確かに、小保方氏から診断書は2回提出されていますが、2回目は本学の側から提出を依頼したものです。本学は、むしろ論文指導が小保方氏の健康状態に大きな影響を与え、取り返しのつかない状況に至ることを慮り、それゆえに医師の診断結果を考慮しながら対応することを常に心がけてまいりました。医師より医学的観点から論文指導の停止を求められ、それに従うこともやむを得ないと考えながら、その範囲内でご本人の論文訂正をされたいという意思を実現すべく努力をしてきたところです。通常は、指導教員の側が学生を訪ねて指導を行うことはありませんが、小保方氏の健康状態に対する特別な配慮をもって、これを実施いたしました。
第四に、修正論文提出後、一回のやり取りだけで不合格の判定をされ、それに対する意見も聞く耳を全く持たない状況であり、当初から不合格を前提とした手続きであったと主張されています。
しかし、会見でも明らかにしたように、指導教員等は3回にわたり小保方氏のもとを訪れて直接の指導をし、また、20通を超えるメールのやり取りや電話によって、論文の訂正に係る指導が行われており、事実、小保方氏からは最初の草稿以降に3回改訂稿が提出されております。
本学としては、小保方氏と争うことは全く考えていません。小保方氏の指摘のように「社会風潮を重視した結論」を出すのであれば、1年前に博士学位の取消しを即時に実施したでしょう。しかし、本学は「教育の場として学生の指導と責任を放棄しない」という信念から、「一定の猶予期間(概ね1年間)を設けて再度の博士論文指導、研究倫理の再教育を行い、論文訂正させ」ると決定をし、本年に至る論文指導を行ってきたところです。小保方氏もご自身のすぐれない健康状態のなかで最大限の努力をされ、また本学の指導教授も例外的な配慮を払いながら指導を行ってまいりました。しかし、残念ながら、両者の努力が十分な結果を得るに至らないまま猶予期間が満了してしまいました。それは、教育の場としての本学にとっても辛い結果ではありますが、これは学問の府として揺るぎない基準をもって博士学位にふさわしい論文を評価するとの姿勢の帰結でもあります。
早稲田大学は、学位授与機関としての信頼を回復すべく、また同時に教育機関としての責任を全うできるよう、今後も努力してまいります。
早稲田の言い分に分があるね。小保方の元に出張指導しに行った教員は、ものすごく慎重な行動をすべきである、揚げ足をとられるような言動は許されない という自覚があったにちがいない。そのような教員が、「STAP論文の事件から業界の雰囲気をみれば取り消しが取り消されないのは自明でしょ」なんて死んでも言うわけがない。言うのは無責任な学部学生くらいだ。メール交換20回、論文訂正3回という早稲田の主張は、こういう数を明確に言うだけの証拠があるわけで、小保方の1回の根拠はわからない。医師の診断も早稲田が依頼したももあるというのはこの声明で始めてあきらかになったことで、早稲田がそれなりに気を使ったことがわかる。
小保方は怒り狂って、データや博士論文原稿を公開するらしいけど、恥をかくだけだな。このような状況では、素人を含めたあらゆる人がボロクソに叩くに違いない。同じ分野の研究者は評価すらもしないだろう。自分の実験でいそがしいもんね。実験ノートを公開したときのようになっちゃうよ。
だけど年度内なんていったもんで、もうこれでおしまいと思ったけど、まだ5ヶ月くらい、ネットの好事家を楽しませてくれるのだ。
センセのほうが出向く
早稲田の記者会見では、複数の大学教員が3回にわたって小保方のところに行って指導したといっているが、小保方の言い分は1回だけ。
小保方は「入院中、加療中での修正作業」だから猶予しろといったが、美容院で髪を切っている(2014年12月)。
11月末には再現実験が失敗に終わり、その後、時間があったにもかかわらず、5月末まで大学の問い合わせに答えなかった。で時間がたりないから延長しろとはね。自分で大学に行くのではなく、大学教員が出向いたんだぜ。偉いよね。
まだ、この「事件」は続くのであろうか。博士取り消しを裁判にもっていくのだろうか。みずほ中央法律事務所のページでは「博士号等の認定における論文内容の判断は司法審査の対象外とされる」という最高裁の判例があって司法審査の対象外だそうだ。だから訴訟対象にならないのとおもうけどね。
弁護士がついていたんだから、1年間の猶予期間になにをすべきかを、具体的に文書でもらっておけば、よかったのにね。早稲田の要求は当然「博士学位論文として相応しいものになった」とあいまいなんだからな。早稲田はハードルの高さを自由に操作できる立場なんだから、これを防ぐ手立てを考えるのが弁護士だろうが。
早稲田大学の調査委員会が、Tissue Engineering とかいうVacanti が自由にしている雑誌に投稿したretractになってしかるべき訂正まみれの論文があって、一応英文国際雑誌で、これを元にしている博士論文だから問題ないなんて笑われる結論を出したのは博士として認めるつもりだったんだろ?一貫として、質も悪い、形式も整っていないでボツにしちゃえばよかったのにね。
どうやら博士号は取り消し
早稲田大学は、大学側の教育に不備があったので、内容は博士論文に値しないものであるが、1年間猶予をあげるから、再教育を受けて、訂正論文を提出したら、認めるよということだった。その1年が過ぎた。でやっぱし、取り消しになったようだ。今日中に早稲田大学が発表するらしい。そりゃそうだよな。
IntroductionがNIHのページのコピペで、これは著作権を放棄した文書だから勝手にコピペしても構わない。だから博士論文で問題視することではない。(小保方博士の不正報道を追及する有志の会 2015年10月26日)
●コピペ問題は大問題?
管理人「そもそも序論であり、本論とも関係ない個所なので、そんなに大騒ぎするほどの問題か? という気がしますね。」
なんていう、とぼけた意見があったりする。博士論文を書いたことがないから、著作権だけが問題だと判断したんだろ。
始めて論文を書くとき、一番苦労するのが Introduction (序)なのだ。経験すればわかるが、自分の実験・調査などの結果がどのような意義があるのかを示す部分なわけで、学生の時はそれがよくわからないのね。勉強しつつ、あるテーマの実験・調査を行うわけで、そのテーマは指導者が指示したものになるからだ。指導者はそのテーマがどんな意義があるかわかっているから大学院学生に指示するわけだが、大学院学生は、その意義が判断できない。その分野での勉強ができていないからな。勉強とは論文を読むことね。
だから、博士論文を書くときは、実験や調査結果を得つつ、あとから理解した実験や調査をする意義を introductionに書くことになるわけで、本来の順番とは異るわけだ。学生だからしょうがない。意義がわからないうちは博士号なんかもらえないわけだ。だから論文のIntroduction が丸々NIHのWebページのコピーだったら、あとの結果などは読む意味がないのね。
早稲田の教育・審査がでたらめであったことは別にしても、introductionのコピペだけでも博士号を取り消されて当然ですね。
まあ概ね1年間を考えております
あいまいだけど、早稲田大学 総長 鎌田薫 氏の昨年(2014年)10月7日の会見では
(小保方晴子氏の学位論文について、学位を取り消すことと致しました。)しかしながら、誤って提出された学位論文に対して博士学位が授与されたことについては、先進理工学研究科における論文指導、論文審査過程に重大な不備、欠陥があったものと認められるため、一定の猶予期間、まあ概ね1年間を考えておりますけれども、この猶予期間を設けて、再度の博士論文の指導、研究倫理の再教育を行い、論文を訂正させ、これが適切に履行された場合は、学位を維持できるものと致しました。
というわけでそろそろ1年になる。この発言は、そのまま解釈すると、猶予期間とあるから、学位取り消し決定の10月7日から1年間、学位取り消しを執行しないで猶予するという意味だろ。とすると、この1年間に再教育をうけ、論文を訂正するまで実施しなければいけない、ということだ。現時点であと1週間しかないので、現在すでに再教育が実施されていないといけない。再教育が1週間ということはないだろう。早稲田で再教育を受けているという情報はあるのかな。極秘でやっているんだろうか?
1年間の再教育はいつから始めてもいいと強引に解釈できないわけではない発言でもある。政治家はよく、前の発言を訂正する。総長だって政治家だから、いつまでたっても博士論文は取り消しにならない可能性がある。
ハーバードで特許申請を取り下げていないのは「ハーバードがSTAPの特許を取ることを本気で考えている」からで「小保方さんはハーバードの支援で改良実験に取り組んでいると考えるのが普通だ。」というありえそうもない意見もある。渡米しているんだろうか?そんなニュースはないね。渡米先のバカンティ研究室の主宰は休暇でいないんだろ?
専門家はわかるが、国民はわからない
佐野研二郎の東京オリンピックのエンブレム事件だ。オリジナルで模倣ではないという説明に、佐野研二郎の原案と、審査委員会が改訂要求して作成した最終案を提示した。オリジナルの図案は最悪。原案を審査委員会が変更したら佐野研二郎作とはいえないのでは?

左が佐野研二郎の原案、中央が組織委員会が考えた訂正案、右が最終案(ここから引用)。原案はあまりにも稚拙と思うのは管理者だけか。TOKYO の T から作ったエンブレムという主張が原案ではわからん。三角、四角、円だけだぜ。
審査委員会が、選考にあたって参考にした活用例は人様の写真をコラージュして作ったのが判明して、
佐野研二郎が信用できないのがあきらかになってしまった。コピペ、模倣はないと、取り下げになってしまった後に言い訳しているが、審査委員会に提出した資料にコピペがあったわけで、本来のエンブレム案がコピペではないとどうして主張できるんだろ。
とんだ藪蛇だったわけだ。三木弁護士が公開した小保方ノートそっくりだ。佐野研二郎の作品には数々のコピペがあると指摘されている。管理者もその指摘の中には妥当なものがあると思うが、過去のコピペは直接今回のエンブレムとは関係がない。エンブレムはどっかのホテルのロゴに似ているというけど、似ているだけの可能性が高い。しかし、活用例は無断使用だからな。これは決定的だよな。
で、取り下げの組織委員会の記者会見で、審査委員会委員長の永井一正による「オリジナルだと認識でき、専門家の間では分かり合えるが、一般国民には分かりにくい」という説明はひどい。上から目線の典型だ。なんという傲慢なやつらなんだろ。こういうやつらがに日本のデザイン業界を仕切っていると思うと日本のデザイン界はお先真っ暗だ。
この審査委員会のメンバーは、お手盛りで、いろいろな賞の選考委員会で互いに選考員と受賞者を分担している。こういう委員会が、「専門家の俺たちにはわかるが、ド素人の国民にはわからない」と言うのだからひどい。こいつらは全部 首 だ。あきらかに出来レースだから審査委員会が改訂したんだよね。なにかと似ているからという時点で、候補から落選だよな。
教授選で、候補者が研究発表したんだけど、競争相手より内容がまずいので、再度、ここを訂正して発表しなさいなんて教授選考委員会がやるわけないだろ?
本人がなんと言おうと、サントリーのトートバッグやTAMABIのポスターがそのままのコピペ、あるい部分的なコピペ、コラージュと判明してしまったのでもはやおしまいですな。
本丸(エンブレム)だけは「模倣や盗作は断じてしていないことを、誓って申し上げ」ているけど、外堀(トートバッグやTAMABIのポスター)、内堀(活用例)は模倣でした(本人は不手際)なんていうことが信じられない。ま、本丸まで、だれかのデザインがヒントでしたといえないのでしょうね。
ま、佐野研二郎が模倣、コピペのコラージュで生きてこられたのは、選考委員会メンバーのような奴らがお手盛りで互いに褒め称えることで成り立つ業界だからなんだな。コピペで生きていけるんだから、小保方氏もこっちの業界だったら生きていけるかもね。
ネットやマスコミの批判が耐えられないから辞退するというのだから、ひどい辞退の理由だ。コピペ・コラージュを不手際なんてごまかす。小保方の「STAP細胞はあります」「だから論文は撤回しない」のほうが本人が信じているのでまだましかもね。
[ 追記 ] 2015.9.4
どうやら、原案を修正したのは組織委員会と佐野研二郎だったようだ。組織委員会といってもごく一部の担当部署とでだ。審査委員会は変更したのを発表の1週間前に提示され、了承したということらしい。審査委員会は1名が反対だったらしい。いずれにしろ、ひどいよね。原案からこれだけ変わったんだから佐野研二郎+組織委員会作とすべきだよな。
業界が異なると、同じ操作が異なった名称に
業界が異なると、同じ操作が異なった名称になるようだ。事務所のコメントページの文書は絵を貼り付けていたのでコピーしてOCRで文字列にした。オリジナルの文書の改行はデタラメで、詰めるために改行は変えてあるけど文字列は同じなはず。誰かとちがってKClがKC1 にはなってないはず。
MR_DESIGN HP
今回の事態について
今回取り下げた8 点のトートバックのデザインについてはMR_DESIGN のアートディレクターである私、佐野研二郎の管理のもと、制作業務をサポートする複数のデザイナーと共同で制作いたしました。そして、誠に遺憾ではありますが、その制作過程において、アートディレクターとしての管理不行き届きによる問題があったと判断したため、今回の取下げという措置をお願いした次第です。
今回のトートパックの企画では、まずは私の方で、ピーチやトラペルという方向性で夏を連想させる複数のコンセプトを打ちたてました。次にそのコンセプトに従って各デザイナーにデザインや素材を作成してもらい、私の指示に基づいてラフデザインを含めて、約60 個のデザインをレイアウトする作業を行ってもらいました。その一連の過程においてスタッフの者から特に報告がなかったこともあり、私としては渡されたデザインが第三者のデザインをトレースしていたものとは想像すらしていませんでした。しかし、その後ご指摘を受け、社内で改めて事実関係を調査した結果、デザインのー部に関して第三者のデザインをトレースしていたことが判明いたしました。
第三者のデザインを利用した点については、現在、著作権法に精通した弁護士の法的見解を確認しているところですが、そもそも法的問題以前に、第三者のもの思われるデザインをトレースし、そのまま使用すると いうこと自体が、デザイナーとして決してあってはならないことです。また使用に関して許諾の得られた第三者のデザインであったとしても、トレースして使用するということは、私のデザイナーとしてのポリシーに反するものです。
何ら言い訳にはなりませんが、今回の事態は、社内での連絡体制が上手く機能しておらず、私自身のプロとしての甘さ、そしてスタッフ教育が不十分だったことに起因するものと認識しております。当然のことながら、代表である私自身としても然るぺき責任は痛感しており、このような結果を招いてしまったことを厳しく受け止めております。今後は、著作権法に精通した弁護士等の専門家を交えてスタッフに対する教育を充実さぜると共に、再発防止策として、制作過程におげるチェック項目を書面化するなどして、同様のトラブル発生の防止に努めて参りたいと考えております。
また過去の作品につきましでも、問題があるというインターネット上のご指摘がございますが、その制作過程において、法的・道徳的に何ら問題となる点は確認されておらず、また権利を主張される方から問い合わせを受けたという事実もございません。お取引先の方々、そして権利等を主張される方からご連絡等があった場合には、引き続き誠実に対応させていただくつもりです。
なお、東京オリンピック・パラリンピックのエンプレムについて、模倣は一切ないと断言していたことに関しましては先日の会見のとおり何も変わりはございません。東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムはMR_DESIGNで応募したものではなく、私が個人で応募したものです。今回の案件とは制作過程を含めて全く異なるものであり、デザインを共同で制作してくれたスタッフもおりません。
今まで携わった仕事はすぺて、デザイナーとして全力を尽くして取り組んでまいりました。このような形で、応募されたお客さま、クライアントさま、そして関係者の皆さまには多大なご迷感とご心配をおかげしたことを、大変申し訳なく思っております。今回頂滅したご批判を忘れることなく、デザイナーとしての今後の仕事、そして作品を通じて、皆様のご期待に全力をあげ応えていく所存です。
2015 年8 月14 日佐野研二郎
やっぱし。部下がやったことだという言い訳だ。
どうやらデザイン業界では、パゲットを回転させて一部を切り貼り付けた、BEACHという板の看板をそのまま貼り付けたのを、コピペではなく、トレースというらしい。トレースとは、例えばトレーシングペーパーのような半透明な紙を、元になる絵の上に置いて、輪郭を主に、中の模様もなぞることと思っていたが違うようだ。もっとも輪郭をなぞるのに現在ではシャウカステン(Schaukasten)なんか使わないでPhotoshopでやるだろうな。
「チェック項目を書面化」というのは、このデザインはコピペではありませんとかいうことを部下に書類に書かせるということなんだろうな。
デザイン事務所で作成した作品も、個人で作成したのも、同じ個人名というのがおかしいんだよね。MR_DESIGNという事務所を持っているんだから個人名でなく発表すればいいのに。多分この、佐野研二郎というボスが事務所の若手デザイナーに圧力をかけて、「X日までにバッグのデザインを一人あたりY個作れ」とか命じた結果なんだろうね。で、若手デザイナーは自分の独創的な絵を作っても佐野研二郎作となっちゃうんだったら、やるせないよね。スピンアウトするのは当然だよね。
過去にも一切盗作はありませんと記者会見でいっちゃったんで、嘘ついたと判断され、あっちは一人で考案しましたと言っても、信用されないだろうね。
責任を痛感した というが、これはスタッフ教育に対する責任というつもりなんだろうね。個人名で発表しているんだから、この業界の通例なのかもしれないけど、発表者個人が盗作の責任を負うべきだよな。大学教授職をさっさと辞任したら、あとから懲戒免職相当と、O氏と同じ処分になるかもね。
大学院学生の行った研究論文を、指導教員単独著者名で発表することはあり得ないけど(ときどきあって、訴訟になっているね)、なんらかの事情で単著で発表し、その論文のデータが他論文のコピペだったとき、それは大学院学生に手伝ってもらったデータで、チェック不十分でした。研究倫理教育が不十分でした、なんていったら懲戒免職だよな。
盗用ー暇つぶし の続き

つまり、佐野研二郎は盗作を認めたんだ。ひどいなー。こうなったら、記者会見して盗作を認めろよな。これでこの人のデザイナーとしての評価はなくなってしまったのだ。当然だけど。デザインてオリジナリティが命だもんね。多摩美術大学教授らしいけど、まさか大学でデザインの盗用を認めるわけがないから、懲戒免職だよな。学生に示しがつかないだろうが。サイエンスでは捏造・改竄・盗用は懲戒免職が当然だ。芸術では、そもそもが捏造=この場合創造で、改竄なんてありえないから捏造・改竄のペナルティはないだろうけど、盗用ではアウトだよね。
しかし、ニュース記事によると「佐野氏側は「何れも身近にあるアイデアや素材をモチーフにしたものではありますが、現在、専門家を交えて、事実関係などの調査・検討を開始しております」だって。事実関係てなんだよ。「部下が作成したデザインを、盗用とは知らずそのまま採用しました。」なんていうんじゃないだろうな。佐野研二郎の名前で出ているんだぜ。
