実習装置の使い方として1回目の実習は互いに握力を測定することを実施した。PowerLabを使った実習だ。結果はペンレコーダのようにパソコンモニターに出力される。
どのような測定でも、被験者は測定中に測定状況を見てはいけないと教えた。被験者がモニターを見ているとその結果をみながら動作を変化させるからだ。
学生は、どうしたかというと、パソコンのモニターをノートで隠したのだ。
なんてことだ。測定者が見えないではないか。どういう発想なんだろ。
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副交感神経系の活動を高めて血管を拡張する….
朝のラジオでは、中高年向きの健康番組がある。別に、朝のラジオに限らず健康番組はいっぱいある。たまたま聞いたから朝のラジオ番組というだけだ。
この手の番組では、話の信頼性を保つために、医師がコメントする。たいていは、健康維持/増進に関する一般向けの著書がある医師だ。
多くの場合、過剰なストレスがよくないという話だ。ストレスがあると交感神経系活動が優位になり、血管が収縮し血圧が上がってよろしくない、副交感神経系の活動を優位にして血管を拡張しなければいけない、という話だ。
自律神経系は交感神経系と副交感神経系の2区分に分けられる。別に神経の色が違うわけではなく、二つに分けて考えると理解が容易になるということが二つに分ける理由だ。自律神経系によって活動が調節される器官−心臓や胃腸−はこの2種類の神経に支配されている。支配とは解剖学的に神経がその器官に到達しその器官の活動を調節するということだ。一方の神経系の活動が増えその器官の活動が亢進されるとすると、他方の神経系の活動は逆にその器官の活動を抑制する。これがよくある支配様式で、心臓がその典型である。心臓を支配する交感神経系の活動が増えると心拍数が増え、心筋の収縮力が増えより多くの血液を拍出することになる。逆に副交感神経系の迷走神経の心臓枝の活動が増えると心拍数が減る。心臓は袋に溜まった血液を絞り出す器官だから、1分間あたりに絞り出す回数(心拍数)が減ると拍出される血液量が減る。
また一方の神経系の活動が増えるときは他方が減るとされている。しかし、これは血圧調節時の心臓の交感神経と副交感神経ではあてはまるが、他の場合、必ず当てはまるかどうかは明らかではない。器官に対する作用が促進性と抑制性だから両方の活動が同時に増える/減るというのは矛盾するかもしれないがあり得ることだ。特に心臓では交感神経の活動が非常に高まると心拍数が高くなり過ぎ、かえって心拍出量が減ってしまうので、迷走神経もそこそこ活動して心拍数を上げすぎないほうが有利になることもある。
すべての自律神経系によって支配される器官が心臓のようだったら単純なのだが、残念ながらどちか一方の支配しか受けない器官もいくつもあるのだ。その一つが血管なのだ。血管(一番細くなった動脈=細動脈、毛細血管の一つ手前の動脈)は交感神経活動が増えると収縮する。したがって血圧が上昇する。しかし、副交感神経系がそもそも支配していないので副交感神経活動を高めても血管は弛緩しない。交感神経はどんなときでも活動しているので、交感神経の普段の活動をより少なくすることで血管は弛緩する。つまり、血管の収縮の程度は交感神経の血管を収縮させる神経の活動の増減で調節される。副交感神経は関係がない。
おしっこのとき膀胱が収縮する。膀胱を収縮させるのは副交感神経系だ。膀胱を支配する副交感神経(解剖学的には骨盤神経という)の活動が増えて膀胱が収縮しても、血圧は影響を受けない。胃は平滑筋でできた弾力性のある袋だ。ゴムの袋に水を詰めて行くと、中の圧力は次第に増えて行く。胃の内圧は食物をどんどん食べても増えない。中に物があると平滑筋が弛緩して膨れるからだ。この反応は胃を支配している迷走神経=副交感神経の活動が増えて平滑筋を弛緩させるからだ。このときも血圧に変化はない。
副交感神経系は特定の支配臓器の活動を調節する(局所的)のが主であって、全身の副交感神経系が一斉に活動が増減することはあまりない。これに対して、交感神経系は一斉に活動が増加することがある。Emergency のときだ。1930年代にW.B.Cannonが概念を作った。その弟子がC.M.Brooks でその弟子がK.Koizumiでその弟子が管理者だ。
このCannon の提唱した交感神経系の概念が、実験的な裏付けもあり、世の中に受け入れられたことと、交感神経と副交感神経の対比が極めてわかり易かったために、副交感神経系の活動を高めて血圧を下げる…という誤解を、現職の医師がもっているわけだ。一般人に説明するのが簡単だからな。
慢性的なストレス過多で生じる様々な症状は自律神経系だけでは説明できない。ホルモンとか、視床下部のようなより上位の中枢が関係する。末梢神経だけで説明するのは無理がある。
自律神経系の研究は、皮膚感覚とか骨格筋の収縮。運動とかの研究に比べ研究者が少ないこともあって遅れて来た。ON-OFFがはっきりしないこともあるからだ。だからなんだかわからない症状を自律神経失調症とか名前をつけるのだ。名前を付けて解決したような気がするだけなのだ。
StatPlus
MacのExcel にはヒストグラムを描くアドインがない。
StatPlus:LMac LE をダウンロードして別プログラムとして起動させる必要がある。Win のExecl ではアドインとかであらかじめ加えておかないと行けない。学生実習でこれが面倒なのだ。いまだにExcel2003 がインストールされている WinXP があって、ようやく今年度Win7に更新されるのだが、実習では4月中は2003 なのだ。2003でアドインを組み込むと、エクセルを再起動する必要がある場合とない場合がある。何故かわからん。教えるのに面倒だ。一応、再起動しろとマニュアルに書いておいたのだが、学生は誰も読まない。誰か一人インストールや操作がうまく行くと、その学生に教えを乞うが、マニュアルを読まないのだ。なんということだ。
Macの場合、上記のようにStatPlus をダウンロードして使うわけだが、ヒストグラムを作る際、勝手なことをしてくれる。たとえば階級を10以下、20以下….100以下と区切るのだが、もし10以下にカウントがなく、20以下にもカウントがないと、Up to 10 がなく、Up to 20 のカウントが0となってしまうのだ。ヒストグラムの図も一発でできるのはいいが、101以上の階級もグラフに表示されてしまうのだ。結局コピーして、10以下の階級を0とし101以上の階級がない表を作成し、グラフを作成しないといけない。
Basic Statistics … というのがあって、平均値や標準偏差等を一発で計算してくれるのはいい。win の場合の様にいちいち関数を挿入する必要がないからだ。もっとも関数の挿入で、このソフトがなくても計算できるが。
計算ではデータのセルを指定するわけだが、デフォルトでLabels in first rowにチェックが入っているので、セルの選択は一つ上からするか、このチェックをはずさないといけない。何回やってもnが1つ少ないなと悩んだ。
計算結果はエクセルの新規のウインドウに出力されるのだが、そのウインドウがモニター画面一杯の大きさになってしまう。Preferenceにも設定するところがないようだ。
学位授与式
今日は、中野プラザで学位授与式だ。今年の卒業生は4名の卒研の学生しか面倒をみていないので、その子たちのためだけに行った。
2名の卒研の女の子と写真とって、各クラス一同と教員一同と写真を撮っておしまいだ。
中野プラザ館内は禁煙だ。中野プラザの建物の前は広場になっていてその広場の道路に面したところに灰皿がある。中野区は路上禁煙ではないのかな?
女の子は袴で着飾って、化けるだけ化けて、つけまつげなんか本来の5倍の長さがあるようなのをつけてくるのだ。きれいに着飾って、この灰皿のところでタバコを吸っているのだ。なんてこった。あまりにもひどい。岩槻地区の学生でなかったことを祈るだけだ。
こっちの大学では、ケバいのは看護の女学生だけだったけど、あっちの大学はほとんど全部がケバい。式の会場の学生の着席場所は学部によって分けられている。きんきらきんの金髪で袴の女学生は新宿キャンパス所属だった。
理事長の挨拶では新宿キャンパスでは内定率がかなり低いらしい。そうだろうな。大学になにしにきているのかわからない。「学問を修めて無事卒業…」なんて挨拶の言葉が空々しい。
なんとかならないもんかなぁ。
3年生になると20点アホになる。
大学だからやりたくないんだけど、現実問題としてやらないとまずいので、3年次学生に特別講義というのをやらされることになった。要するに基礎の解剖生理ができないというわけだ。解剖のほうはM教授が丸2日、朝9時から18時まで実施した。生理学は、全エリアをカバーできるはずが無いので、どの分野がいい?と聞いた結果、循環と呼吸が弱いからこれをやれということになった。1年時の生理学では循環、呼吸にそれぞれ2コマをさいている。2日間合計8コマあるので倍の時間だ。だからといって倍の講義内容をやってもしょうがないし、どうせ1年時で習った事は憶えていないに違いないので、ほとんど同じ授業資料で実施中だ。明日も有るからだ。
まず始めに現1年生に講義の最後に実施した小テストをそのまま課してみた。
という結果だ。平均点20点以上の差がついた。3年次になると20点分アホになったということだ。
ま、1年生は講義終了時で、配布資料を見ながら解いてもいいという設定だし、3年次学生に管理者が生理学を教えたわけではないので、本当は比較することではないのだが。
2年経過したのだから専門用語になれて、知恵がそれなりについて、常識的に答えられるようになってきたと思いきや、逆だ。平均点がわずかしか違わないとなったら、条件が違うので、知恵がついたと判断できるのだが、期待はずれだ。アホになったのか1年時には何も勉強しなかったから、1年時のときのままなのか….結論はでないけどね。
歩留まりは?
あっちの大学では、入試の回数がえらく多い、少子化で、希望者は大学を選ばなければ大学生になれる。大学から見ると定員確保が大変だからだ。
数多く入試をやると、合格者を募集人員より多くだして、どのくらい入学してくれるか、つまり歩留まりの計算が大変だ。AO入試とか推薦は100%が入学するが、ほかの試験は何%入学してくれるかの読みが大変だ。といっても管理者はヒラだからその決定には関わっていない。
ちと、別の理由があって、合格者の人数と入学手続きを行った受験者の数を調べたら、なんと歩留まりは50%位だ。あー。滑り止めにしかなってないんだな。あまりにも学生さんのできがいいので、AOとか推薦を減らしセンター試験を使った入試の募集人員を増やせと思ったのだが、センター試験を使う受験生は滑り止めにしているので歩留まりが低い。センター試験を使った入試の募集人員を増やしても意味がないことがわかった。
AO入試を受けるやつとか推薦の学生は、受験勉強から逃げるのが目的なんだよな。つまり勉強したくないんだよな。こういうのが多いとまずいと思うんだけどなぁ。
縦割り組織に横に線を入れると起られる
縦割り組織で筋を通して上へ提案し、そこから各部門へ下げて検討して、上の会議で検討して….とすると時間がかかる。会議が1ヶ月に1回しか開催されないからだ。提案の結論が出るまで数ヶ月かかっちゃう。
というわけで、横に線を入れて根回ししておいて会議に提案することをやったら、苦情が来た。怒られた。筋違いだというらしい。もう少し柔軟になってくれよな。いやだったらいやだと返事をくれよな。そのように連絡したんだから。なにも上に苦情を言う事はないだろうが。
Working Group とかTask Force とかいうのは何も上が指名したからできるものではない。下の有志が集まって議論してその結果を上の組織に稟議してらったっていいじゃないか、というかそういうのが自発的な提案というものだろうが。
あっちの大学ではトップダウンがまずいと、トップが反省しているのに、だ。トップダウンが批判されているのに下っ端がボトムアップするのを拒否するというのはどういうことだ。
管理者がせっかちなのだろうか。アイデアがでたらすぐ実行しないと、何ヶ月もたったら情熱がなくなっちゃう。
ま、平の教授は気が楽でいいよ。文句をたらたら言えるからな。これで筋を通さないことを2回やったわけだ。もう一つ企画中だ。こっちはデータを得るために上司から話を通してもらわないといけないのでお願いしてある。しかし、その応答が遅くていらいらしているのだ。
こっちの学生は傲慢
あっちの大学では、廊下や建物の出入り口に学生と管理者がほぼ同時にたどり着くと、必ず学生がドアを開けてくれる。女子学生でもだ、管理者がじじいのせいだからと言うかもしれないが、若い先生に対してでもだ。かならず、にこにこして挨拶をする。
それに比べて、こっちの学生は傲慢だ。低学年のときクラス担任をしたのにもかかわらず、卒業近くになると、あるいはレジデントになってから、廊下ですれ違う時に管理者に挨拶することがない。こっちから挨拶を始める。ニコニコするのが損だと思っている。ニコニコ挨拶するのは基礎の教員だ。あるいは臨床の医局の秘書だ。英語のF先生だ。学生は低学年のときだけ挨拶する。
原因は教員が傲慢だからだ。医師はサービス業だと口では言うが態度にでてこない。教員の行動を学生が見ているから学生は傲慢になる。エリートだと誤解していることもある。
母親に手術の必要がでてきたことがある。母親を病院に連れて行ったのは管理者の子供(つまり孫)だ。医療関係に勤めているわけではない。管理者はちと離れた場所にいたので、医師が息子である管理者に電話連絡をかけることになった。孫が管理者の勤務先を告げたとたん、その医師の態度がころっとかわって丁寧になった。日本では普通のことだ。
若かりし頃、米国に住んでいたとき、勤務先の廊下ですれ違う度に、女性はにこにこ挨拶してくれた。日本ではないことだ。日本だったら誤解を招く—気があるのかな?—となることだろう。それでも、無愛想よりはるかにいい。
TVドラマでは無愛想だが腕の良い医師というのがよくある。これは間違いだな。愛想の善し悪しは医師の腕とは関係がないはずだが、愛想の良すぎる医師はなんか他におかしい点があるのではないかと疑う。愛想のいい腕の良い医師がもっと多くなってほしい。そのためには医局に入ったとき教員がしっかり教育すべきだ。医師だけにストレスが大きいのではない。
私立大学はぴっかぴか
こっちの大学と違ってあっちの大学は廊下には何も無いし、床のタイルも割れていないし、壁に学生(?)の足跡がプリントされているなんてことはなく、ピッカピカに維持されている。こっちの大学みたいにきちゃなくても学生が来るという状況にないからな。せめてというか当然のごとく建物の外見、内装の維持管理はきちんとしている。
というわけで、今日は廊下等のワックス掛けがあるから出入り禁止というおふれがあったのだ。本来、今日は講義も会議もなにもないし、仕事ができないから来校しなければいいんだけど、午前中に、急に会議が入ってしまったのだ。
庶務の管理者と協議して、なんとかワックス掛けは午後からにしてもらって、午前中はオフィスにいられることにした。誰もいないから、管理者が交渉したのだ。なんてこった。これを書いている今は午前中だが、すでに廊下の掃除は始まっている。
パソコンとプリンタがないと今日の仕事はできない。オフィス以外に行く所がない。強引に実習準備室を工作室にして、フライス盤や旋盤をそろえた。そこで卒業研究に使う機材を作成すればいいのだが、まだ準備ができていない。材料を発注しただけで物がないし、設計図もまだできていない。だから工作室で時を過ごすこともできない。図書館での調べものもないし…
今日の仕事は明日に延期だ。間に合うだろう。さって午後はなにをするかな?
廊下を洗剤で洗っているが、管理者のサンダルの底がすりへってツルツルでやばい。サンダルでも買いにいくか。
レポートをいつ提出する?
ひょんなことから、2つの大学で実習レポートをいつ学生が提出するかをいうデータが取れた。それぞれの大学で1回のレポート提出についてだけだだが、学生の傾向(何の傾向?)がわかる。締め切りはどちらも実習実施日から1週間後だ。
他の科目のレポートなどの学生のこのレポート以外の負荷はどうだったかわからない。両大学も特に行事などは実習実施日から1週間はなかった。
どちらも学生数は100名強だから相対値にしなかった。明らかに、あっちの大学は学生同士が相談しないと、そして相談がまとまらないと提出しないのだ。相談をまとめるには時間がかかるから、ぎりぎりになるのだ。あっちの大学では、一日以上前に提出されたレポートはオリジナリティがある。したがって、この場合、相談とはコピー・ペーストのことだ。学生のqualityの問題だろうな。