もういやなんだけど
「T細胞レセプターの多様性により…必須となる。」という相変わらずタイトルと本文が異なる記事で当方の反論の反論を書いているので、再々度の反論です。
初期化されたT細胞は、あくまでも短命であると主張していることについて;
「学とみ子: 短命なのは、STAPのように他の体内に移されてしまった場合です。」
はいはい、初期化の意味が当方と学さんとで違うようで、これ以上議論しても無意味です。
西川氏のアイデアを学さんはありえないと否定したことについて;
「学とみ子:西川氏が、実際、著者らとどのような会話をしたかなんて、わからないではないですか?」
学とみ子様の愛読書「あの日」の97−98ページに、西川氏に言われてTCR再構成を利用することにした、とありますよ。愛読しているんだからしっかり読まないと。
TCR再構成がどこで起きているかについて;
「学とみ子:ここは、BCRだよ。ここは、ため息氏が100%間違ったね!」
学とみ子氏のブログにもコメントしたけどBCRて何?免疫ではB細胞受容体だと思うのですが、B細胞のことだとしたら、関係ないでしょ。再構成がどこで起きているかときかれたら、DNAを切った貼ったするんだから、核内とかDNA鎖・染色体でとしか答えられないんですけど。
キメラからTCRが証明できないとの過去の実験結果を知っている人について;
「噂になってます。この情報がマスコミに流出して、STAPは偽物と騒がれました。」
はいはい、噂なんですね。噂を信じているんですね。学さん的には問題ないのでしょうね。
iPS化は、ある程度に分化した細胞をその細胞の能力を維持したまま について
「TCR再構成の能力をもったまま、iPS細胞になるということです。」
「TCR再構成の能力」ではなく「TCR再構成が生じたDNAを持ったまま」iPS細胞になるのです。
学とみ子説の「T細胞の性質(すぐ死ぬ)を発現しつつ初期化されている」ということと「元のT細胞の遺伝子情報を発現しないが抱えている」ということは意味がちがいますよ。当方は後者がT細胞の初期化であると考えています。
「生体にとって、同一のTCRを作ることが確率的にいかに難しいのか」の特許文書?は今回の議論に関係ないでしょ。話をそらすな。
学とみ子さんへ:
盗用アフリエーターの擁護についてはお答えがありません。この記事を読むでしょうから再度、お尋ねします。盗用アフリエーターの当方を誹謗する発言は承認するのに、当方の盗用アフリエーターへの批判は承認しないということは、学さんが盗用アフリエーターを擁護しているとしていいのですね?返事がなければ、盗用アフリエーターを擁護していると判断します。
この件が、学ブログの議論の対象ではないとするなら、盗用アフリエーターの当方に関するコメントをすべて削除してください。
いうまでもなく盗用アフリエーターとは、m、j のことですよ。
TCR再構成がどこで起きているかについて;
「学とみ子:ここは、BCRだよ。ここは、ため息氏が100%間違ったね!」
学とみ子氏のブログにもコメントしたけどBCRて何?免疫ではB細胞受容体だと思うのですが、B細胞のことだとしたら、関係ないでしょ。再構成がどこで起きているかときかれたら、DNAを切った貼ったするんだから、核内とかDNA鎖・染色体でとしか答えられないんですけど。
↑コレに関してですが、TCR再構成の際に出てくるα鎖、β鎖…等をコーディングする遺伝子がどの染色体のどの位置にあるかの具体的な遺伝子座が間違っているという話だと思います。
TCRに関しては、α鎖は14番染色体、β鎖・γ鎖は7番だったかと…
ただ…こんなの専門で免疫をやってない人が正確に覚えていたりするとも思えないです。私もうろ覚えの記憶でコメントを書いてますが(´・ω・`)
免疫グロブリンの遺伝子座が何番目の染色体にあるかは、wikiのV(D)J遺伝子再構成という記事にあります。ここでは、どの染色体のどこにあるかがどうして問題になるんですかね。
うーん。はっきり言えば、遺伝子の詳細な分析等を行なう場合以外は位置情報は大した問題ではありませんね。
学とみ子氏は、もっと根本的なところがわかっていないのではと思います。
遺伝子の初期化(リプログラミング)そのものです。
DNAは複数の遺伝子が並んでいるわけですが、完全に初期化されていると未分化細胞(ES細胞)とほぼ同じような振る舞いをするわけで、DNA内部にTCR再構成部分(遺伝子)があっても、それが働かないから、細胞表面にTCRが発現しないわけですよね。つまり、T細胞の性質が出てこない(Lさんは、TCRを介した反応は起きないと表現されています。)
それに対して、学とみ子氏は『これではTCR再構成がゲノム情報にならないですよ。』と頓珍漢なことを…
学とみ子氏のコメントは、複数の遺伝子の発現のON/OFFのパターンで細胞の働きが変わるというエピジェネティクスの根幹がわかっているかどうか怪しいものです。
“同じ遺伝情報、つまり同じゲノム(DNA塩基配列)であっても、細胞レベルあるいは個体レベルの形質の表現型が異なる(Wikipediaより)”
“表現型とは、ある生物のもつ遺伝子型が形質として表現されたものである。その生物の形態、構造、行動、生理的性質などを含む。獲得形質は含まない(Wikipediaより)”
などなどありますが…
ごくごく基本的なことでこれらを理解していれば、『TCR情報をゲノム(遺伝子)とエピゲノム(発現)に分割して考えるという事です。初期化でゲノム情報は変わりませんが、エピゲノム情報はシャッフルされます。』がどういうことかわかるわけですよ。
ため息先生
何か、聖書の言葉を一言一句、字句通り受けとる原理主義者や、インテリジェントデザイン論者と、正統派進化論者の噛み合わない議論を見ているようで、非常に見ていて辛いものがあります。いや、それでも、ローマカトリック教会は「科学と宗教は共存可」と歩み寄りを見せていますが。
他ブログで同じことを、これまた何回も述べてきたが、その実体にいっぺんの曇りもなく、かつ専門家が諸々のアプローチをすることが可能な、ES細胞やIPS細胞と、件の細胞を同一線で議論する発想が、素人的に全く受け入れられない。
論文が撤回され、かつ実効性のある検証が不能な時点で、「仮説」とも言えない。「シナリオ」というべき。