前庭動眼反射という反射がある。前庭器官の1つの三半規管は頭の回転(正確には回転加速度)を検知している。
我々人間は、五感のうち視覚情報に最も依存している。網膜に来る光情報が意識して生活しているときに最も重要なのだ。網膜の解像度は均一ではなく特定の部分、中心窩と呼ばれる部分が最も高い。ここの解像度が、検眼のときの視力になる。ちょっと外れた網膜での視力は1/10とかになってしまう。しかし我々は全視野が同じような解像度で見えているように認識している。それは、目がキョロキョロ動き、外界にある物体の位置関係を頭の中で再構築しているからである。実は中心窩を外れた部分へ到達した光の情報はぼやけてるわけだが、目玉がキョロキョロ動き視野周辺の物体を認識して頭の中で再構築しているから、視野の周辺の物体に視線を向けなくても(過去に向けていたことがあったから)その物体が何であるかが認識できているのだ。
ということは、注目すべき物体は常に網膜の中心窩に結像している必要がある。ところが、頭はしょっちゅう動くわけで、頭が動くと注目すべき物体の像はすぐ中心窩からずれてしまうわけだ。これでは、困るので、頭が動いたら、それとは反対方向に素早く眼球を動かすことによって注目すべき物体の像が中心窩から動かないようにしている。これが前庭動眼反射だ。眼球は頭蓋に比べ小さく軽いのですばやく動かすことができるのだ。
頭が右に回転すると、頭の骨に埋没している三半規管が同じ回転となり、その回転を三半規管が検知し、この情報で眼球の回転を行う外眼筋を反射性に収縮・弛緩させて眼球を左に同じ角度だけ回転させるわけだ。脳幹に中枢があり、反射で無意識に常に行われているわけだ。
最近は誰でもスマホを持っており、スマホには動画撮影機能があるから、視聴者情報とかいって、素人さんの撮影したスマホ動画がTVニュースに頻繁に出てくる。事件現場にニュース撮影スタッフが居ることはめったにないからな。そのような動画は、手で持ったスマホがぐらつくので、画面がグラグラ揺れて不快である。しかし肉眼で見ているときはグラグラ揺れることはない。前庭動眼反射のおかげだ。カメラにはそんな機能がないからな。せいぜいほんの少しの動きをキャンセルすることができる手ブレ防止機能だけだ。だからプロのカメラマンはカメラを動かす必要があるときはものすごくゆっくりと動かすのだ。画面が揺れると何故か不快な感情になるんだよね。
この前庭動眼反射は、他の反射同様、上位中枢からの影響を受け、抑制されたり、より正確に動作したりすることになる。その例がこれだ。
EOGで(頭蓋内の)眼球の回転を検出するわけだ。図の縦軸は+(上方向)が眼球が右回転、ー(下方向)が左に回転したことを示している。
横軸は時間である。被験者は自分で首を水平に左右20度程度、この図の左端より前から右端まで、繰り返して振っている(頭を左右に回転させている)。このとき、ストローのような軽い真っ直ぐな棒を口に加える。ストローの先端には「まち針」が立っており、この「まち針の頭」注視しているのだ。つまり頭の左右の繰り返し回転と注視すべき標的は全く同じ回転を繰り返しているのだ。
頭が回転するが、まち針の頭も同じ回転をしているので、まち針の頭を注視するためには眼球は(頭蓋内で)回転してはいけない。しかし、前庭動眼反射は状況に関係なく頭が回転したら眼球は反対方向に回転するように動作しているのだ。つまり、まち針の頭を注視するという上位中枢からの命令とは、この前庭動眼反射が生じないように抑制することなのだ。
これが見事に示された例が上の図だ。実習のある班のデータだ。左半分は開眼してまち針の頭を注視している状況だ。眼球は大まかにはほとんどうごいていない。しかし、細かくギザギサに動いている。このこまかなギザギサは斜め上に上がって急に下がるあるいは逆の形の三角形の二辺の形である。この急に変化した部分でそれぞれの三角形の二辺を切り取り隣り合わせに貼り合わせると赤矢印で示したような波になる。つまり眼球は前庭動眼反射でちょっと回転するがすぐもどに戻されていることがわかる。
全ての例でこのようなギザギザが連続して出るわけではない。中にはほとんど見えない例もあるが、時々、この三角形が見えたりしている。
ここで目を閉じたのが右半分で、もはや注視する標的がないので前庭動眼反射がもろに出現し、頭の左右の回転とは逆の回転が発生している。
と、昨日の、レポート提出締め切りの直後の講義で説明したのだが、理解してくれたかな?
振り子を見ていると、眼球運動はスムーズなサイン波になるが、目をとじるとサイン波にならない という結果もあったよね。
これらの実習から、反射は容易に上位中枢からの影響を受けているということが理解できたかな?
上位中枢が脳梗塞等で障害されたとき、反射がよく出るという現象を、これから上の学年で習うんだよ。
[ 追記 ] 2017.1.13
耳鼻科の先生に聞いたら、これほどはっきりした小さな眼振があるのは、ひょっとしたら何らかの異常があるかもということでした。しかし、もはや、この被験者は誰だったかわからないわけです。探してみますけど。]]>
管理者さんの生理学や生理学の実習に関する話題を、とても興味深く楽しく拝見しています。とても解りやすくておもしろいです。というのは
不肖私めは、若い頃専門学校に通ってあん摩・マッサージ指圧師、鍼師・灸師の資格を取りましたので、一般人としては生理学に興味を持っている方だからです。もっとも頭はとっくにサビついていてなかなか覚えるのは骨が折れるのですが。(汗