お話は面白くないと頭に残らない

呼吸器系の講義だ。当然ヘモグロビンが出てくる。ヘモグロビンを解説するにあたり、地球の大気の組成の45億年の変化から、温度が高いとガスは水に溶けない話(炭酸水の入った瓶をお湯に浸けると泡がでてくるでしょ?)をして、だから動物は血液に酸素を運搬するタンパクを開発したと説明したのだ。脊椎動物やミミズ(正確ではないけど)は赤いヘモグロビン、軟体動物は青いヘモシャニンを進化の途中で開発してきたのだと説明したのだ。ここまではお話なので講義で配布したプリントにはない。 講義の最後の10分間は4肢選択問題を、プリント、ノート、持参した教科書を見て解答してよいというテストを行っている。
水に解ける酸素の量は
1.温度が低いほど多い
2.温度が高いほど多い
3.温度に関係ない
4.37℃付近が最大となる
という試験を出したら正解率は45%。講義の最初の部分で、興味を引くかなぁとお話をしたわけだが、頭に残っていないという証明になってしまった。いきなりヘモグロビンの性質を講義するより、何故ヘモグロビンを持っていると有利なのかを説明したほうが理解しやすいのではと思ったのだが、意味があったか疑問だ。
[ 追記 ] 説明せよとコメントがあったので;
水槽に飼っている金魚が夏場、水面で口をパクパクしているのを見たことがあるでしょ?ない?じゃ、今度の縁日で金魚すくいやって、金魚鉢にいれて、ひなたに置いてくれ。
恒温動物のほうが変温動物より有利である。体温が高ければ化学反応速度は大きくなり有利である。しかし42度を越えると、生体のタンパクが非可逆的に変化して死にいたる。というわけで恒温動物の体温は37度前後に進化してきたのだ。体温を高く保つためには、より多くの食物を必要とするが、これは生存に不利だ。それでも体温を高く一定に保つほうが、冬に体温が低くなって行動がのろくなり敵に襲われるよりましなのだ。ともかく体温が高いほうが生存に有利で、恐竜やその後裔の鳥類と哺乳類は恒温動物として進化した結果なのだ。
動物は、酸素を使って炭水化物からエネルギーを得ている。つまり酸素が必要なのだ。多細胞生物では、ガス交換を行う鰓や肺から酸素を消費する体のあちこちの組織・器官に酸素を供給するのが循環系なのだ。つまり供給源と消費地を結ぶのが循環系なのだ。循環系に流れる液体が、水溶液だけだと、液体に溶け込む酸素量は、そもそも少ないし、さらに温度が高いとより少なくなってしまう。これは生命現象とはちがう物理化学現象で、したがって体温が高いと不利だ。これを凌駕するためには別の方法が必要だ。酸素を必要としている組織・器官により多くの酸素を供給するためには酸素を運ぶ別の手段が必要になる。というわけで、血液の中に酸素運搬タンパクを動物は開発してきたのだ。ミミズでも、タコ、イカでも魚でも哺乳類でもこのタンパクがあるからより多くの酸素を末梢組織に送り込む事ができる。血液中に小さなタンパクが溶けていると、なにかと処分するにも面倒なので、実際にはこのタンパクは血球内に閉じ込められている。ヒトでは98%以上の酸素がこのタンパクに結合して運ばれる。このタンパクが哺乳類の場合はヘモグロビンで軟体動物はヘモシャニンなのだ。ちなみに数億年前から存在しているカブトガニもヘモシャニンなのだ。ヘモシャニンは銅イオンを含む。銅イオンを含むと青くなる。鉄イオンを含むと赤くなる。ヘモグロビンは鉄イオンを含むので赤い。筋にある酸素結合タンパクはミオグロビンといって、こいつも鉄イオンを含む。だから赤い。肉屋で塊の肉を買って来て、包丁で切ると切り口がしばらくするとピンク色に変化する。筋のミオグロビンに酸素がくっついてピンクになるのだ。ミオグロビンは筋細胞内の酸素貯蔵タンパクなのだ。
ちなみにヘモグロビンを閉じ込めているのが赤血球だから、赤血球の役目は酸素運搬というわけだ。運搬する細胞が酸素を消費するのは好ましくない。もうこの細胞は代謝活動をしてもらっては困る。だから赤血球はミトコンドリアを含まない。核も含まない。とはいいつつ生きている必要もあるわけで、酸素を使わない解糖だけでエネルギーを得る。この解糖のときできるのが2,3DPG(2,3-diphosphoglycerate, 23-BPG:2,3-bisphosphoglycerate)でこれが多いとヘモグロビンは酸素を離し易くなる。赤血球の寿命は120日である。使い捨てなのだ。
冷凍イカを買って来て、内臓を取り出し、オキシフル(殺菌剤だな。過酸化水素水だ)をふりかけると鰓が青くなる。つまり鰓に血液=ヘモシャニンが溜まっているので酸素と結合して青く発色する。カブトガニの血液は青い。
空気中に生きている我々は大気の酸素が21%と多いので酸素を取り入れ易いが、水中に済む金魚は水の温度が高くなると水中の酸素が少なくなり、水面でパクパクするようになる。そもそも酸素を摂取するという意味では、酸素濃度の低い水中は不利なのだ。陸上動物は魚に比べ有利なのだ。
大気に21%=150mmHgの酸素があるが、肺胞では湿度100%つまり水蒸気圧が47mmHgもあるので、肺胞の酸素分圧は100mmHgになってしまう。二酸化炭素分圧も40mmHgと高い。肺静脈を流れる動脈血の酸素は100~95mmHgだ。つまり血液中のヘモグロビンは肺を通過すると酸素で満タンになって心臓へ流れて行くのだ。この肺胞の酸素分圧は呼吸を盛んにすればほんの少しは高くなる。しかし、すでにヘモグロビンは酸素で満タンである。安静呼吸でも過呼吸でも肺静脈を流れるヘモグロビンは酸素で満タンなのだ。動脈血中の酸素分圧は高くなれないのだ。だから運動するとき=筋が酸素を必要としているとき酸素の供給量を増やすためには血流量を増やすしかない。
一方、二酸化炭素について考えると、大気に含まれる二酸化炭素は0.03%と非常に少ない。肺胞の二酸化炭素分圧は40mmHgと高いがこれは肺動脈を流れる静脈血によって肺胞へ供給された結果だ。こっちは呼吸運動が盛んになると大気の二酸化炭素がほぼ0mmHgなのでドンドン減ってしまう。したがって動脈血の二酸化炭素分圧は正常時に40mmHgと高いのだが、過呼吸でドンドン下がってしまう。つまり末梢で運動等で二酸化炭素を盛んに産生していないときに、意識して過呼吸すると動脈血の酸素分圧は変化しないのに、二酸化炭素分圧はどんどんさがってしまう。過呼吸で血液は酸素を溜め込むことはできないが、二酸化炭素を失うことになる。安静時にもうすでにヘモグロビンは酸素で満タンになっているからだ。
呼吸運動の調節は主に動脈血中の二酸化炭素分圧を感受して行われる。過呼吸して二酸化炭素分圧が下がると、もう呼吸する必要がないということになってしまう。意識して過呼吸を続けることが出来ない理由だ。過呼吸を続けて見なさい。苦しくてもう呼吸できなくなるよ。
素潜りするとき、深呼吸を繰り返し酸素を蓄えようと考えるがこれは間違えなのだ。このとき動脈血の酸素分圧はほとんど変わらず、二酸化炭素分圧が低下してしまう。そのまま、潜ると酸素を消費し酸素分圧が低下し二酸化炭素分圧が上昇してくる。酸素分圧より二酸化炭素分圧が呼吸運動に与える影響が大きいので、二酸化炭素分圧の上昇の前に酸素分圧が低くなりすぎると、神経は機能を失う=失神することになる。つまり、二酸化炭素分圧が上昇して息苦しく感じる前に失神してしまうことになってしまう。素潜りをするとき普通はその前に運動していて二酸化炭素を発生しているのでこのようなことはめったにないが、なにも準備運動をせず、プールで水に入って過呼吸のあとに潜るとまずいことになる場合がある。プールの底で動かなくなっちゃうのだ。このときは息苦しく感じることはなく失神してしまったのだ。

「お話は面白くないと頭に残らない」への3件のフィードバック

  1. >何故ヘモグロビンを持っていると有利なのかを説明したほうが理解しやすい
    先生、理解しやすいし興味をひきます。
    ぜひ、何故、を続けて下さい。

  2. 詳しく説明して下さって、ありがとうございます。
    すごく面白かったです。

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